19.謎の男との出会い
グレンデルは黒い炎に包まれながら、闇雲に腕を振り回し続けている。
こいつは湖に住む魔物だ。水中に逃げられると、アルクの救出がより難しくなる。
アルクの息が続くのは長くて3分といったところか…。
俺はとにかく一撃でこいつを始末して、アルクの救出に向かおうと考えた。
ギルドの情報によると、こいつの弱点は光魔法だ。
俺は巨大なライトアローを作り出し、グレンデルに向けて発射した。
攻撃は体中に直撃した。しかし、グレンデルは悲鳴を上げたが倒れず、まだ立っている。
グレンデルの体に纏わりついていたコクヨウの炎が、魔法の威力を軽減してしまったのだろうか。
攻撃されたことで興奮し、さらに激しく腕を振り回し始めた。
くそ、コクヨウのブレスは思ったより厄介だな。
猫パンチして炎に触れたら、また俺の魔力が奪われてしまう。
水魔法で鎮火させてから攻撃するしかないか……。
するとその時、木陰から急に声が響いた。
「僕がこいつの相手をするから、君は早く水中に!」
声のほうを見ると、そこにいたのは見知らぬ若い男だった。
背がスラリと高く色白で、歳は20歳ぐらいだろうか。髪は明るい茶色で、後ろで少し伸びた髪をひとつにまとめている。
そして冒険者なのだろうか、手に剣を握りしめていた。しかし冒険者にしては、服装は全くの普段着のようで、マントすら羽織っていない。
誰だよお前、と聞きたかったが、俺は考える前に水中に飛び込んだ。
アルクが水中に引きずり込まれてから、既に2分以上経過している。
最悪、もう食われてしまってるかもしれない。
俺は体にバリアを纏わせていたが、水中は苦手だ。そもそも泳げない。
風魔法を後方へ発射して進もうとするも、思うようにいかない。
くそ!この手だけは使いたくなかったが、今は迷っている場合じゃない。
俺は再度、猫耳忍者へと変身するしかなかった。
正直、この方法に頼るすぎるのは危険だ。
変身できる時間はあと1時間50分程度だし、今後も水中戦に巻き込まれる可能性を考えると、猫の姿のままで戦える対策を練るべきだ。
しかし今は一刻を争う。
人間の姿に変身した俺は、急いで水底に向かって泳ぎだした。
忍びのスキルのおかげで、泳ぎもかなりの高速になった。
(女神のことを思い出すと癪だが。)
するとすぐに、セイレーンの住処と思われる、大きな岩場が見が見えてきた。
まるで水底から生えた小さな岩山のようで、数体のセイレーンが岩の中腹や上部に腰掛けている。
岩山の周囲には、濃い緑をした長い水底植物がはびこっている。
そしてその植物に足を縛られたアルクが、水の動きでユラユラと揺れていた。
完全に気絶しているようだ。
水中は薄暗く、セイレーン達はまだ俺に気付いていない。
俺はこっそりアルクのほうへ近づき、アルクにもバリアを施した。
そして光魔法をカッターのように発動し、足を縛っている植物を切り裂いた。水中では火魔法よりも、光魔法が有効なのだ。
するとその時植物の陰に、何かが落ちているのが見えた。
よく見るとそれは、冒険者の物と思われる剣、防具、杖などだった。
セイレーン達はどうやら、先行した冒険者達を食ってしまったらしい。
今は満腹だったので、アルクはすぐに食われなかったということか。
「ギイイイェェェェェェ!!」
その時、俺の姿に気付いたセイレーン達が、怒りの叫び声を上げた。
地上で聞いた歌声からは想像もできないほど、醜い金切り声だった。
「ギイイイェェェェェェ!!………ェ………??」
しかし、セイレーン達は動きを止めた。泳ごうとしても全く前に進まないのだ。
そして、自らの下半身を見て驚愕した。
奴らの上半身(人間)と下半身(魚)は、真っ二つに切り裂かれていた。
俺はアルクを助けたあと、セイレーン達に向かって光魔法を発射したのだ。
狙い通り、光のカッターはセイレーンを真っ二つにしていた。
混乱してギャアギャアと喚いていたセイレーン達だったが、やがて泡を吹いてパタリと絶命した。
悪いが、お前たちに時間をかけている場合じゃないんだ。
俺はフンと鼻を鳴らした。(バリアの中には空気があるのだ)
俺はアルクの体を引っ張り、地上に向けて高速で泳ぎだした。急浮上は本来危険だが、バリアが減圧症を防いでくれる。
水上に上がると、俺は急いでアルクを湖畔に横たえた。
まだ生きているが、息をしていない。
グオオオオォォ!!
その時、グレンデルの雄叫びが耳に入った。
俺は周囲を見回した。例の男はどうしたかと思うと……なんとこいつも地面で伸びている。
僕に任せて!と言った割には、やけに簡単にやられたようだな。
いや、僕に任せてとは言ってなかったか。
グレンデルは雄叫びを上げながら、倒れた男に拳を振り下ろそうとしている。
俺は、グレンデルがもう黒い炎を纏っていないことを確認した。
そして思い切りジャンプし、グレンデルの顔面に協力な猫パンチ(人間の手だが)を食らわせた。
「グオオオオオオオ!!!」
グレンデルは痛みに絶叫した。
俺は続けて容赦なく、顔面にパンチとキックを繰り返した。
…魔法攻撃よりも、何となく物理攻撃のほうが性に合っているのだ。
繰り返し攻撃を受けたグレンデルは、ズシィィンと重い音を響かせながら、地面に倒れこんだ。
グレンデルを片付けると、俺は猫の姿に戻り、アルクのほうに駆け寄った。
まだ息をしていなようだ。
するとその時、目を覚ましたと思われる例の男が、俺の傍に駆け寄ってきた。
「大丈夫かい!?良かった、生きてるみたいだ!
でも息をしていないようだね、急いで人工呼吸を……って、ええ!?」
俺はアルクのみぞおちに、ドカッと強めのパンチをお見舞いした。
「ゲホォッ………!!」
アルクは水を大量に吐き出した。
しばらく咳き込んでいたが、やがてうっすらと目を開けた。
「き、君、容赦ないね……。でもとにかく、目が覚めて良かった!」
俺の所業に軽く引いていた男は、安心したように顔をほころばせた。
男にアルクを抱えてもらい、俺達は木陰に腰を下ろした。
「し、しょこら………。ごめん僕、また捕まっちゃって……」
アルクは荒い呼吸をしながら、俺に向かって呟いた。
「気にするな。今回はお前の弱点を見落としていた俺の責任だ。」
俺はフンと鼻を鳴らした。
俺達のやり取りを、例の男は不思議そうに眺めていた。
「君たちは、猫語で会話してるのかい……?」
そうだった。猫語であることをすっかり忘れてしまっていた。
俺とこの男は、従魔契約もテイムもしていないので会話できない。
俺は男をジロリと見て、お前は誰だと目で問いかけた。
「ごめん、自己紹介が遅れたね。僕はハルト、エド町の護衛部隊で兵士をしている。よろしくね。」
ハルトは俺とアルクを交互に見た。
町の兵士がなぜ、こんな夜に一人で湖の周りをうろついていたんだ?
俺は男をじっと見つめ続けた。
「…ごめん、それだけだと説明になってないよね。
実は数日前、この湖を訪れた冒険者達が行方不明だと聞いて、ずっと気になっていたんだ。
そしたらこの町に勇者が来ていて、グレンデル討伐に向かうと聞いたものだから…」
ハルトはアルクのほうを、じっと見た。
「僕はどうしても、勇者と話がしたかったんだ。
それに昔から、困っている人を放っておけない性格でね。何か手伝えないかと思って、ここまで来たんだ。
…でもさすがに、急に君たちに声をかけて、一緒にドラゴンに乗せてくれとは言えなくて。
だから僕は先に一人で、この現場まで歩いてきたんだ。」
たった一人で、大した装備もなく、魔物だらけの道を歩いて来たというのか?
俺は怪訝な目を男に向けた。
「…使い捨てだけど、魔物除けの護符があったからね。それに、森の生態を熟知していたら、魔物を回避しながら森を抜けることはできるんだよ。」
やっと息が落ち着いて来たアルクが、その時声を発した。
「どうして……僕と話したかったん、ですか?」
初対面の人間だというのに、意外にもアルクは、そこまで緊張していないようだ。
ハルトはアルクをじっと見つめて、しばし黙っていた。
「……信じてくれるかは分からない。だけど、僕には前世の記憶があるんだ。
四百年前に勇者としてこの世界を救った、勇者ハジメ・シロヤマとしての記憶がね。」
しばらく誰も、言葉を発さなかった。
こいつが嘘をついている可能性はあるだろうか?
実は変装した魔王の配下で、アルクに取り入ろうとしているとか?
しかしそれなら、俺達に協力する必要はなかったはずだ。
「……アルク君、君は、日本の出身かな?」
ハルトはアルクに向かって訪ねた。
アルクは驚いたように、目を見開いた。その国の名を知っているのはアルクと、アルクから話を聞いたことのある俺だけだった。
「…やっぱり。何となくそんな気がしたんだ。君を町で見かけた時、すごく嬉しそうだったから。
僕も日本出身だ。そして四百年前、この世界に転生して、女神から勇者の称号を与えられた。」
どうやら、ハルトは本当に、四百年前の勇者の生まれ変わりのようだった。




