17.休息
数日後、俺達はついにスラシアの町を出て、次の目的地へと向かう事となった。
模擬戦以降、アルクの人気は爆発していた。
男女問わずアルクに夢中で、陰でファンクラブなるものも作られているようだった。
それに最近は、寡黙でクールで最強という話に加え、黒猫(俺だ)に対してニッコリと笑いかけている姿が何度か目撃されたらしく、普段一切笑わない姿との差に射抜かれた奴もいるとのことだ。
人間というものは愚かだ。
とにかく出発の朝、モントールの時に比べて数十倍の人々が、アルクを見送りに北門へ集まった。
アルクはまた気持ち口角を少し上げるのみで、皆に手を振った。
そして颯爽と(周りからはそう見えるのだ)コクヨウに跨り、空へと舞い上がっていった。
俺達が次に目指したのは、サザールの村を超えてさらに北、いくつかの小さな町を超えた先にある、エドという町だ。
ここは唯一、過去に転生してきた勇者が、やがて領主となり治めた地だった。
魔王復活は二百年毎に起こるので、もちろん元勇者は既に他界している。しかし、そいつが残した文化は色濃くその地に残っているらしい。
その話を聞いた時からアルクは、町の様子を想像していたという。
「エド、っていう名前も、江戸時代、から取ったんじゃないかな…。いや、もちろん、その転生者が僕と同じ国出身だったとは限らないけどさ…」
しかしアルクの予想は、果たしてその通りだった。
一歩町に足を踏み入れたアルクは、圧倒され口をポカンと開けた。
俺は知らないが、アルクにとっては馴染みのある、古い町並みが目の前に広がっていたのだ。
建物は木造で、屋根は瓦でできている。
人々の服装までもが、これまでの町とは全く異なる、アルクが言うところの「和装」だった。
「す、すごい…時代劇の世界に入り込んだみたいだ……。」
アルクは目を輝かせてそう言った。
町の入り口すぐ近くに、木の看板が立っていた。見知らぬ文字が書かれている。
アルクは看板の前に立ち尽くし、文字をじっと見つめた。
「なんて書いてたんだ?」
大方、アルクが前世で使用していた言語で書かれていたのだろうと思ったが、やはりその通りだった。
「う、うん。えっと、
この先の未来、魔王討伐に向かう全ての勇者へ、憩いの場としてこの地を贈る。傷ついた心と体を癒し、万全の状態で魔王討伐へ向かわれんことを。
…だって。やっぱりここを治めていた元勇者というのも、日本出身だったみたいだ……。」
俺達は例のごとく、最初に冒険者ギルドへ向かった。
ここの住人達は皆、精神支配はされていないようだ。皆至極まともだった。
そしていつもの流れでそのまま宿屋へと向かった。
この町は、旅人たちが疲れを癒す安息の地として有名だった。
宿屋はこれまでのような質素なものではなく、高さは5階建てで、旅客向けの立派なものだった。
そこには、アルクが望むものが全て揃っていた。
畳という、イ草でできた床材が敷き詰められた部屋。
旅の疲れを癒す温泉。
アルクにとっては懐かしく、この世界の住人にとっては珍しい、「和食」。
アルクは一層目を輝かせた。
「こんな場所があるなんて、夢みたいだよ!
しょこら、一緒に温泉に入ろう!すごく気持ちいいよ!……ああ僕、魔王を討伐したら、ここに住みたいぐらいだよ……。もちろん、ちゃんと家に帰るけどさ……」
正直俺は猫なので、普段水浴びはしないし、温泉に浸かるなど論外だ。
しかしアルクがどうしても一緒にと言うので、仕方なく付き合ってやった。
「ああ、すごく生き返る………。ほら、しょこらもおいでよ!」
「いや、俺は見てるだけで…」
そう言う俺に構わず、アルクは俺を抱え上げて、体を湯につけた。
温泉というのは確かに人間にとっては悪くないようだし、回復効果もあるようだった。
しかし俺は猫なのだ。
水たまり程度なら大丈夫だが、深さのある水は得意ではない。
俺はアルクの手をすり抜け、アルクの顔を踏み台にしてジャンプし、俊足で浴室から走り出ていった。
『いたた……あれ…しょこら?温泉嫌いなのかな…』
念話を切り忘れているアルクの独り言が聞こえてくる。
弱点があると思われると癪なので、俺は単に温泉嫌いということにしておこう。
温泉はもう御免だったが、和食というのは悪くなかった。特に刺身は、俺にとってもアルクにとってもご馳走だ。
俺達は、到着した日は刺身をたらふく食い、満腹になって布団で眠った。
この世界に生まれてから布団で寝たことがなかったアルクは、よく眠れなかったと言って笑い、翌日からはベッドの部屋に変更してもらった。
いつもの俺達なら、翌日からはギルドの依頼をこなすところだ。
しかし今回は、いかにも観光地という町の雰囲気もあり、アルクは町を見て回りたいと懇願した。
コクヨウのおかげでずっと早く旅が進んでいるので、ここで少し休息しても問題ないだろう。
俺としても異なる文化にいささか興味はあったので、アルクと共に散策することにした。
町の様子は面白いものだった。
アルク曰く、ここの住人が来ている和服は「浴衣」とか「小袖」と呼ばれるらしい。
一枚の布を纏い、帯と呼ばれるヒモを胸や腰の下あたりで巻いている。
そしてアルク自身も、宿屋で借りた浴衣を身に着けていた。
「えへ、せっかくだから、着てみようと思って…。」
アルクは町で売られている食べ物にも歓喜していた。
「しょこら!!ほら、お寿司があるよ!しょこらはお刺身の方がいいのかな…。
あ、ほら、あれはラーメンって言うんだよ!あ、たこ焼きもある!
すごい……本当に天国みたいだ……。元勇者さんに感謝しないと……」
昼食には俺は刺身を、アルクはラーメンを食べた。
町には芝居小屋や見世物小屋、相撲などの娯楽も用意されていた。
手品を見て驚いたり、相撲の試合に歓声を上げたり、アルクは終始楽しんでいるようだ。
今思えば、勇者として生まれてこなければ、こいつも訓練ばかりの日々じゃなく、普通の子供として人生を送れたのだ。
しかも勇者としてのスキルは全て俺に奪われた(不本意だが)にも関わらず、責務だけはしっかり背負わされている。
はしゃいでいるアルクを見ると、改めて不憫にもなった。
エドの町の中心部には川が流れていた。
夜、アルクは屋台で飲み物を買い、川原に座って涼んでいた。
一日遊んだおかげで、アルクは満足そうだった。
「僕たちって、今までは依頼をこなしたり、事件に巻き込まれたりで、あまりその町を満喫できなかったよね。まあ、娯楽目的の旅じゃないんだから、当然だけどさ。
…僕、前世でも友達と一緒に旅行なんてしたことなかったんだ。だからしょこらと一緒に旅行気分を味わえて、本当に嬉しいよ!」
アルクはそう言って、にっこりと微笑んだ。
しかし、それからしばらくすると、俺はアルクの様子がおかしいことに気付く。
顔は赤くなり、意識が朦朧として、呂律がうまく回っていない。
「…おい。お前、まさか間違えて酒を買ったんじゃ……」
面倒なことになる予感がして、俺はため息をついた。
「ええ?だいじょうぶだよ、ぼくは、ぜんぜん……あれ、なんかでも、めのまえが、ぐらぐらする………」
そしてアルクはその場で倒れ込み、すやすやと寝入ってしまった。
俺は再びため息をつく。
全く、よく見てから買えというんだ。猫の姿のままでは、宿屋まで運ぶこともできない。
コクヨウをこんな町中で呼びつけると騒ぎになる。
俺にとっては苦渋の選択だった。
女神はあの一回きりしか変身できないと言ったし、実際にそうだったのだ。しかし変身の効果が解除される前に、俺は自主的に変身を解いた。
つまり、まだあと二時間程は、猫耳忍者になれる時間が残されているのだ。
その二時間を使い果たせば、もう二度と変身することはないし、絶対にしたくもないが。
アルクが熟睡しており、少しの刺激では起きないことを確かめてから、俺は人目につかないよう変身した。
以前と同じ、黒髪で長髪、耳と尻尾が生えた忍者だ。
そしてアルクを肩に担ぎ上げ、建物の屋根と屋根を飛び越えながら、宿屋まで戻った。
俺達の部屋は5階だった。俺はジャンプして窓枠に飛び乗り、窓から中へ入り込んだ。
アルクをドサリとベッドに下ろした後、俺はすかさず猫の姿に戻った。
そしてピョンとベッドの上に乗り、アルクが熟睡していることを再度確かめる。
「やれやれ。またあの姿を見られたりしたら、とんだ面倒だからな。」
アルクは良い夢でも見ているのか、幸せそうに眠っていた。
心も体も満たされた様子のアルクだったが、それこそが、この町の目的なのだ。
エド町を過ぎると、もう大きな町はない。いくつかの小さな村を超えると、その先は荒野だ。
荒野の先には巨大な森があり、その森を抜けると魔王領へとたどり着く。
つまりこの町が、魔王との闘いの前に最後にしっかり休息を取れる場所だった。
おそらく元勇者は、それを見越してここに憩いの地を作ることにしたのだろう。
俺とアルクが町を出てからここまで、思ったより時間をかけずに来られたのは、フレデール領から真っすぐ北上して寄り道をしなかったからだし、コクヨウに乗って移動したことで、本来立ち寄るはずの領地をいくつか飛ばしてきたからだ。
勇者である俺の従魔になったことで、アルクは普通の人間よりもレベルアップの速度が速い。今は既にレベル150、S級冒険者クラスだ。
俺自身も、これまでの魔物討伐やノルテーラとの闘いにより、今はレベルは500近くある。しかしこれは、魔王討伐に最低限必要とされるレベルだ。
やはりこのまま先を急ぎすぎるのは得策ではないだろう。
魔王領に入る前に、さらに鍛えておいた方が良さそうだ。
まあいいか。今日は休息日だし、とりあえずこのまま寝よう。
俺はアルクの横で丸くなり、平穏な眠りに落ちていった。




