14.アルクの過去
これは俺が、後日アルクから聞いた話だ。
あの日、薬草採取していたアルクは、習慣で黒曜石の指輪をはめていた。
背後から急に襲われ気絶し、気が付いたら領主の屋敷にいたという。
領主の話が終わった後、手下二人がアルクの拷問を始めた。
大きいほうは殴る蹴る、剣で切る等の物理攻撃。小さい方は魔法攻撃で、アルクを痛めつけた。
なお闇魔法での拷問は、ただただアルクに精神的苦痛を与えるというものだった。
拷問を受けながらアルクが見たのは、前世の光景だった。
最初の記憶は、まだ2歳の頃だ。
アルクは両親から愛され、大切に育てられていた。父と母は、アルクを「ユウト」と呼んだ。それが前世での名前だった。
顔は思い出せないが、二人が自分に笑いかける光景を、今でもまだ覚えている。
しかし後に、その幸せは一変する。
ユウトが3歳の頃、両親は不慮の交通事故で亡くなった。
たまたま叔父夫婦に預けられていたユウトは、そのまま叔父夫婦が引き取ることになった。
叔父夫婦には、ミキという名の娘がいた。その頃のユウトより2つ年上だ。
叔父夫婦はいつも、その女の子とユウトを比べた。
「ミキは偉いね、テストも満点だし、運動神経も良い。友達もたくさんいて、俺の自慢の娘だ。
それに比べてユウト、君は全く男の子らしくないね。」
「ユウトくん、男の子なんだから、もっと頑張らなきゃ。勉強もミキほどできないし、足も遅い。ミキと同じ学校に転校してから、お友達だって一人もできていないじゃない。」
叔父夫婦は、暴力こそ振るわないものの、ユウトに精神的につらく当たった。
後から聞いた話だが、ユウトを引き取ることになり、自分たちの二人目の子供を諦めざるを得なかったらしい。経済的に二人育てるのが限界だったからだ。
ユウトはそんな家庭で育ち、ますます引っ込み思案になっていった。
学校では友達ができず、家に帰っても居場所がない。
そのうち、どうやって人と話すのかが分からなくなった。
そんな小心者のユウトは、やがて学校で軽い虐めを受けることとなる。
子供たちは残酷で、弱者であるユウトを虐げることで、自分の優位性を示そうとした。
最初はユウトを指さしてコソコソ話したり、クスクスと笑ったりするぐらいだった。
そのうち足を引っかけて転ばされたり、物を取られたりした。
人目のないところで暴力を振るわれたり、存在自体を無視されることもあった。
陰湿な手口ばかりだったため、担任の先生も気が付かなかった。
そんなユウトの心の支えとなったのは、一匹の野良猫だった。
ユウトは学校の帰り道にそれを見つけて、公園に連れて行き、雨風を凌げるようダンボールを置いた。
奇しくもそれは俺に似た、真っ黒な黒猫だったという。
ユウトは毎日公園に寄り、黒猫に給食の残りのパンを与えた。
ちなみに猫が肉食だとは知らなかったらしい。
ユウトに取っては、唯一心を開けられる友達だった。その猫にしょこらと名付け、言葉は分からないと知りながらも、毎日しょこらに向かって話しかけた。
「今日もまたひどい目にあったよ。いつまでこんなこと続くのかな・・・」
「おじさんとおばさんは、僕が男の子らしくないって言うんだ。男の子らしいって、何なのかな・・」
「どうやったら友達ができるかな。しょこらは友達はいないの?」
猫はフンという様子だったが、そこにじっと座っていた。
一方的に話すだけでも、楽しい時間だった。
しかしある日、事件は起きてしまった。
ユウトが毎日公園で、黒猫に話しかけているのを、クラスメイトの数人が見ていたのだ。
ある日そいつらは、いつものように黒猫にパンを与えているユウトの前に立ちはだかった。
「おい、野良猫にエサをやっちゃいけないって、あそこに書いてあるだろ!」
「なに猫に向かって話しかけてんだよ、気持ち悪い…」
「貸せよ、先生に言いつけてやるから!」
クラスメイト達は、無理やり黒猫を抱え上げた。ユウトは必死に訴えた。
「やめてよ、もうエサはあげないから!!お願い、僕の友達なんだ・・・!!」
すがるユウトを無視して、クラスメイト達は言い放った。
「だめだ、先生に言って、処分してもらうんだ!」
その言葉を聞いて、ユウトは思わずクラスメイトの腹に腕を回してしがみついた。
「やめて、しょこらを返せ・・・!!」
しかし力の弱いユウトは、簡単に振り払われた。
クラスメイト達は残酷にも楽しんでいるようで、そのまま猫を学校へと連れ去った。
ユウトはその場にひざまづき、地面の土を握りしめる。
「僕が、僕が弱いせいで・・・僕が・・・」
図らずもアルクは、俺がコクヨウのブレスを浴びた時に、同じ言葉を発していた。
アルクの脳裏には、この時の光景が浮かんでいたらしい。
後日先生から呼び出されたユウトは、野良猫は保健所へ送られたと伝えられた。
その事件以来、ユウトは徹底的に心を閉ざした。
中学高校と進むにつれて、しかし、自分を変えようとしたことは何度もあった。
だけど人とどうやって話せば良いのか、もはや全く分からなかった。
黒猫の事件から約14年後、ユウトは21歳になった。
就職活動の真っ只中にいたユウトは、もちろん仕事を見つけることができなかった。
そこそこの大学に通っていたものの、会社との面接では、声を発することにさえ苦労した。
話そうとすると冷や汗がでて、体がブルブルと震えた。
「全く男の子らしくない。」面接官がそう言う声が、聞こえる気がした。
仕事を見つけられなかったユウトは、アルバイトをして生活した。
荷物の配送や工場での検品作業など、なるべく人と話さなくて良い仕事を選んだ。
それでも職場の人間とのある程度の関わりは避けられず、どの仕事も長続きしなかった。
そうこうしているうちに、気づけば27歳になっていた。
普段からまともな食事を摂っていなかったせいで、その年に罹患したインフルエンザを拗らせた。
病院に行こうとせず、薬も飲まなかった。
ユウトはどこかで、このまま死んでもいいと思っていた。症状は悪化し、最終的に肺炎となり、一人暮らししていた自宅でそのまま息を引き取った。
そして次に目覚めると、そこはフレデール家の寝室だったという。
ユウトはアルクと呼ばれるようになり、優しい母親から可愛がられた。父親は寡黙だったが、アルクを見る目は優しかった。
生まれた時からアルクには、ユウトとしての記憶があった。
アルクがまず一番に感動したのは、優しい両親に甘えてもいいという事実だった。
ユウトは3歳で両親を失い、それ以降誰にも甘えることができなかった。
自分が精神的には27歳であることなど構わず、アルクは思いっきり母親に甘えた。父は不在が多かったので、甘える機会はあまりなかったが。
アルクの両親は、アルクがどんなに小心者でも、人見知りでも、「男の子らしくない」とは言わなかった。アルクの性格をそのまま受け入れ、愛してくれた。
だから僕は、精神的にはもう40年以上生きているのに、ずっと子供っぽいままなんだ。
アルクは俺に向かってそう言った。
前世の分を取り返すくらい、僕は甘えてしまっているんだ。お母さんやお父さんや、しょこらに…。
そしてアルクはもちろん、俺を見た時も感動した。
前世で失ったしょこらにそっくりの猫(その頃はまだ子猫だったが)が、目の前にいたからだ。
この世界には、ペットを飼う習慣はない。動物に名前を付けるようなこともなかった。
アルクの母アリゼーは俺を拾ったが、俺には名前を付けなかった。
アルクは話せるようになるとすぐ、俺を「しょこら」と呼んだ。
「僕、本当に嬉しかったんだ。失ったと思った友達が、戻ってきてくれたみたいで…本気で運命だと思ったんだよ。」
アルクはそう言った。
話はまた、領主の屋敷に戻る。
拷問を受けながら前世の記憶を見たアルクは、やがて気を失った。
しかしその後、不思議な光景を目にしたという。
意識の深淵を漂っていたアルクは、一瞬ふと現実に引き戻された。
そこには見たことのない女の子がいて、ノルテーラを攻撃し続けていた。床には手下の二人が転がっている。
やがて女の子はノルテーラを始末し、くるりとこちらを振り返った。
「…さて。帰るか。」
ぼんやりとその姿を眺めたアルクは、次の瞬間にはまた気を失っていた。
そして次に目が覚めたのはスラシアの町の、また診療所のベッドの上だった。




