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勇者猫  作者: バゲット
12/98

12.スラシアの領主

女神が作った水たまりの中に、俺は落ちて行った。



そこは狭くて暗い、物置のような部屋だった。

アルクは手足を縛られ、部屋の中に横たわっている。口にはテープが貼られていた。


周囲には他にも複数、同じように縛られて横たわる者達がいた。おそらくこれまでに姿をくらましたという者達だろう。


そこは暗く小さな部屋のようだったが、その時、部屋のドアがゆっくりと、不吉なギギギギという音をたてて開いた。


「連れていけ。」


ドアの向こうには大小二つの人影があった。小さい影が大きい影に指示し、大きい影がアルクを軽々と抱え上げた。


アルクはというと、恐怖で完全に気絶していた。

やれやれ、ちょっとは度胸が付いたと思っていたが、さすがに今回は恐怖が勝ったか。



大小の人影はアルクを連れて部屋を出た。

廊下は暗く陰気だが、かなり広い屋敷のようだ。廊下に二人の足音がいやにコツコツ響いている。


そして二人は、大きな扉の前で立ち止まった。

どうやらこの屋敷の主の部屋のようだ。


小さな人影のほうが、トントンとドアを叩く。そして返事を待たずに、扉を開いた。



その部屋の中も同じように暗い。

窓の外では大雨が降っているようで、月光すら差し込んでいない。



部屋の真ん中に置かれた椅子に、その人物は鎮座していた。

おそらくこいつが、スラシアの新しい領主だ。


辛うじて体の輪郭は確認できるが、顔は暗すぎて全く見えなかった。


アルクを抱えていた大きな人影は、ドサリとアルクを床に下ろした。

そしてアルクの腹に、足で一撃をお見舞いする。


「……!!!」


衝撃で目覚めたアルクは、目を見開いて周囲を見回した。

口は塞がれているので、声は出てこない。


やがて己が置かれた状況を理解し、恐怖でみるみる顔が引きつっていく。

アルクは領主の男のシルエットを凝視しながら、肩で息をしていた。



「……やあ、こんにちは。」

領主が落ち着いた、ねっとりとした声で話しかけた。

低くも高くもない、中性的な声だった。


アルクは領主から目を離せないまま、ブルブルと震えている。


「…君は勇者らしいね。噂は聞いているよ、黒猫を連れた寡黙な勇者…」


寡黙。こいつの元にも、そんな誤情報が流れ込んでいたのか。

俺は呆れてフンっと鼻を鳴らそうとしたが、この水たまりのような空間では、何の音も出てこなかった。



「私はね、とても嬉しかったんだよ。力ある冒険者を何人か、私の元に招いていたのだけれど…

まさか、勇者が現れてくれるとは…」


相変わらず気味の悪いねっとりとした猫撫で声で、そいつは話し続けた。

猫撫で声、という形容すら不快だ。こんな奴に撫でられたらたまったもんじゃない。



アルクは口がきけないまま、震えている。


しかし俺は、アルクの縛られた手がモゾモゾと動いていることに気付いた。

縄を解こうとしているのかと思ったが、違う。


こいつは魔力封じの指輪をつけたまま、捕まってしまったのだ。

その指輪を何とか外そうとしているらしい。

しかし、縛られた両手で指輪を外すことはできなかった。


やれやれ…薬草採取の依頼に、魔力封じの指輪は必要ないだろう。

おそらく単に習慣ではめてしまったのだ。


とにかく魔法が使えないと、縄を焼いて解くこともできない。



領主はアルクの様子にはお構いなしに、話し続けた。


「…君は不審に思ったことだろう。なぜ私の領地の人間が、皆あのように奇妙なのか。そして、失踪した外部の人間たち……。


私の領地内、スラシアの町やその周辺の村は、完全に私の支配下にある。精神支配…、と言えば分かり易いかな?

驚くなかれ、住人たちは皆私を、そして魔王様を、崇拝しているのだよ……」



その言葉に、アルクは驚愕して目を見開いた。



「もうすぐ魔王様が復活する。だから私は、人間達を献上する準備を進めているのさ……。

魔王様直属の配下である私にとって、時間をかけさえすれば、一つの領地を支配することなど造作もない。


私は魔王様に、人間ごと領地を献上する。

完全復活した魔王様の力はその生贄により増幅し、瞬時に人間達を殲滅する…。そして私たち魔族の世界をお造りになるだろう…。」


うっとりと恍惚の表情で、そいつは語った。


「私たち配下はね、魔王様が滅ぼされると力を失うのさ。そうなると、魔王様の復活を待つしかない…。

復活が近づくと、私たちも力を取り戻し始めるのさ。だから私は、魔王様のために一足早く、奔走しているというわけさ……。


安心するといい、領地の人間達は皆、魔王様に自らの命を献上することを、無上の喜びと感じているからね………。」


「んん……!!」

アルクは声を発そうとしながら、またもぞもぞと手を動かしていた。

どうにかして指輪を外そうとしているのだ。



「そうそう、領地外の人間を何人かさらったのはね…。

勘の良い商人は計画の邪魔でね、私たちの情報を嗅ぎつけて外部に漏らそうとするものだから、捕らえておいたのさ。

あとはそう、数人の冒険者たち。結構な強者達でね、魔王様に追加で献上しようと思ったのさ……。

強い人間ほど、優秀な生贄だからね。


残念ながら領地民にしか、精神支配は効かないからね……、外部の者は、あのように捕らえたというわけさ……。」



そこまで話すと、そいつは少し黙り込んだ。


「なぜこんなに、君に教えてあげるのか分かるかい?

…大丈夫、君は確かに強い勇者だけど、勇者は女神の加護があるから、生贄にはできないんだ……。


…だからね、君には死んでもらうしかないのだよ。その前に、色々教えてあげようと思ってさ。

僕ってすごく優しいからさ…。


大丈夫、すぐに殺したりしないよ。僕の部下達も遊びたくてうずうずしてるからさ……。」



そこまで聞いたところで、急に俺の周囲がぐらりと揺れた。

俺は次の瞬間、女神が作り出した水たまりのようなものから、地面から水が吹き上げるような勢いで放り出されていた。



そして俺は、ビターーンと地面にたたき落され…そうになるところを、四本の足で軽々と着地した。


「…お前、わざとやったんじゃないだろうな。」

俺は女神をじとっと睨みながら言った。


「そ、そんな訳ないじゃない!これは出てくるときは、速度の調整ができなくて…。」

女神は焦って答えたが、目が完全に泳いでいる。


こいつ……本気で猫パンチをお見舞いしてやろうか。



「と、とにかく!今はそんなこと言ってる場合じゃない!一刻も早くあの偽領主のところへ行って、あの子を助けてちょうだい!!建前上の勇者がいなくなると困るのよ……!!」


チッ、もちろんアルクは助けるが、こいつに頼まれるのは癪だな。

俺は舌打ちをした。


「それで、今のあなたのペースじゃとても間に合わないわ!だから私がここで、またなけなしの神力であなたに力を与えるから、何とかそれで乗り切ってちょうだい!」


「力って、どうせしょぼいスキルしかないんだろう。今すぐあの場所に転移でもさせてくれるのかよ。」

俺は期待せず聞いてみたが、やはり回答は予想通りだった。


「そ、それは無理…。空間転移ってすごく神力消耗するから…。え、えっとね、あなたは十分強いから、とにかくあそこにたどり着けさえすればいいの!だから、えっと…」


「じゃあコクヨウを呼んでくれよ。」


「それはできないの!言ったでしょ、私は世界の事象には干渉できなくて、勇者に力を授けることしかできないって…」


俺がイライラを募らせていると、女神はついに焦り出した。


「ああだめ、こうして考えている間にもあの子が殺されてしまう!!そうだ、一度だけ変身できる力をあげる!今回一度きりよ、あまり長い時間は無理だから、あいつを倒したらさっさと元に戻ってね!

あまり大きな魔物にはなれない。今よりも早く走るには……忍びの姿がいいわ!ドラゴンの飛行よりも早く走れるし、暗殺者の類だから屋敷への侵入もしやすいはず!!」


「おい、人間の姿だけは御免だぞ!!せめて他の動物に……」


俺の訴えなどお構いなしに、女神は既に俺に向けて、スキル付与を開始していた。

広げた両手から光が放出され、俺の姿を包み込んで行く。


勇者の称号が授与された時の光と同じだ。


光の向こうから、女神の声が響き渡る。


「お願い、あの子を頼んだわよ!!女神としての私の首もかかってるから!!」


……




そして気が付くと、俺は森の中に一人佇んでいた。


視界がいつもよりやけに高い。

しかも俺は、二本足で立っていた。


両手を目の前にかざしてみると、そこには人間の手があった。

下を向くと、俺は真っ黒な忍びの服を着ている。


チッ!!あの女神、やりやがった。


俺は最悪の気分で舌打ちをした。人間の姿だけは嫌だったのだ。



しかしとにかく、そんなことを言っている場合ではない。

あの領主のねっとりした性格と最後の言葉からして、いたぶり拷問してから殺すタイプだろう。アルクはまだ生きている可能性が高いが、急がなければ本当に間に合わないかも知れない。


俺はとにかく走り出した。


すると驚いたことに、走り出した瞬間には、俺の速度は優に時速100マイルを超えていた。

(ちなみにこの世界の速度単位はマイルだ)


文字通り風のように、俺は森の中を駆け抜ける。

速すぎて魔物たちすら、俺の姿には気づかないほどだった。


水たまりの中で見た通り、サザールの村周辺には強い雨が降っているようだ。

最初はポツポツと降って来た雨が、目的地に近づくにつれ強まっていく。俺は体の周囲にバリアを展開して濡れるのを防いだ。


そのうち森を抜けると、目の前には荒野が広けた。



目にもとまらぬ速さで走り続け、俺はついに、村に到着したのだった。


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