11.失踪と追跡
事件は、俺達がスラシアに到着した日の3日後、つまり4日目に起きた。
スラシアに到着した翌日、いわば2日目、俺は町を見回っていたカラスのムックからの報告を受けた。
町を訪れる商人達の話を盗み聞きしたところ、2か月ほど前、この地域を新しい領主が統治するようになったらしい。
その領主が来てから町はフードを被る人で溢れかえり、外部から来る商人や冒険者達の中には、急に姿をくらます者もいそうだ。
明らかにその新しい領主というのが怪しいが、領地内の問題には基本的に、部外者は口出しできない。異なる領地は、いわば異なる国家のようなものなのだ。
モントールの町の商人の中にもスラシアで姿をくらました者がいたらしく、モントール領主は調査を申し出たそうだが、スラシア側は複雑な申請やら手続きを理由に、一向に進めようとしないそうだ。
まったく、それではまたいつ行方不明者が出ないとも限らない。
しかし今のところ、数人が姿をくらましただけで、誰かが死んだ訳でもなければ、物が壊された訳でもない。はっきりと今の領主が原因だという証拠すらない状態だ。
外部の者はそれ以上の情報を知らないし、町の者はまるで人形のように話そうとしない。
こうなったら、領主の屋敷にでも乗り込むしかないだろうか。
「恩に着る、ムック。また何か新しい情報があれば、教えてくれ。」
「おうヨ!」
ムックはそう言って、バサッと飛び去っていった。
その後俺達は、ギルドから手渡されたいくつかの依頼をこなした。
それにしても、アルクの冒険者カードを見もせずに手渡してきた依頼だったので、異なるランク向けの依頼が混在していた。
依頼を終えてギルドへ報告に行くと、報酬金を手渡される。やり取りは終始無言だった。
酒場やら商店やらを回ってみても、まともに話してくれそうな人間はいなかった。
2日目はムックからの情報以外、何の収穫もなく過ぎ去った。
3日目、俺達はとりあえず、また依頼をこなしていた。
素材集めの依頼で、町の北部にある小さな森でフェンリルを討伐し、毛皮を刈り取るというものだった。
フェンリルについては1匹は俺が猫パンチで、2匹はアルクが剣で討伐した。簡単なものだった。
しかし途中、俺は不審な視線に気づく。
木陰からフードを被った人間が、俺達を観察しているようなのだ。
「ね、ねえしょこら、なんか見張られてるみたいだよね…」
アルクも気が付いたらしく、俺に向かって小声で話しかける。
しかしアルクがナイフで毛皮の処理をしていると、そいつはいつの間にか姿を消していた。
そして4日目。
この日はアルクが一人で、簡単な薬草採取の依頼に向かうことにした。
小心者のアルクは、コクヨウの件以来肝が据わってきたものの、この異様な町では一人になりたくないらしい。
俺と一緒じゃなきゃ行きたくないと駄々をこねたので、俺はムックも同行させることにした。
正直このまま依頼ばかり続けていても、埒が明かない。俺はアルクが出かける間、情報収集に徹することにしたのだ。
俺だけで行動するほうが、怪しまれず盗み聞きもしやすい。
やはり必要なのは領主の情報だ。
町の人間は当てにならないので、俺は商人達の出入りが多い西側の門へと向かった。
門に近づくと、複数の商人が門衛とやり取りしている。
「おい、なぜ町に入れてくれないんだ。これじゃ商談すらできないじゃないか。」
「金だけくれりゃあいいってもんじゃねぇぞ。こっちには商品を売らない権利だってあるんだ。」
「ずいぶんと閉鎖的になったもんだな!一度領主に会わせろ、文句言ってやる!」
商人たちは口々に不満をぶつけているが、門衛はフードを被り、微動だにしない。
相手にされない商人達はそのうち、諦めて帰っていった。
俺はもう少しその商人達の後を追ってみる。
「ったく、一体どうしちまったんだこの町は…」
「領主が変わったせいだ。全く何考えてんだか。この町だけじゃない、同じ領主が統治してる周辺の町や村はみんな、フード野郎になっちまって…」
「俺は以前の領主に会ったことがあるが、気前の良い奴だった。そいつの屋敷は確かスラシアの中心部にあったが、今じゃもぬけの殻らしいぜ…」
「新しい領主は変わり者で、スラシアを出て北にあるサザールって村に、屋敷を構えてるって噂だ。本当かは知らんが、あの小さな森を超えた先の辺鄙な場所でさ、領地の最北端さ。なんであんなとこにって皆噂してるよ…」
俺は立ち止まり、商人達の背中を見送りながら考えた。
領主の情報をつかむには、そのサザールって村に行ってみた方が良さそうだ。
俺が西門へ引き返して町中に入ると、急にムックが現れた。
何かかなり焦っているようで、高速で飛んできたのか、体の毛が乱れて逆立っている。
「おい、どこに行ってたんダ!探したぞ!!大変だ、アルクのやつが、いなくなっちまっタ!!」
ムックはカーカーと鳴き声を荒立てた。
「ずっと周囲を監視してたが、ちょっと目を離した隙に、消えちまったンダ!!」
バサバサと羽音を立てて、ムックはまくしたてる。
ちっ、面倒なことになった。
何かあるかも知れないと予想はしていたが、町の人間で戦闘力の高い者は見当たらない。
あいつなら問題なく一蹴できると思ったんだが。
まあいい。とにかくサザールに行くしかない。そこに行けば何か分かるだろう。
俺はすぐにコクヨウを呼び出そうとした。テイムした魔物は、主人が念じるとすぐ駆け付けるのだ。
しかし、いくら呼びかけても反応がない。
物理的に距離が空きすぎているのだろうか。
いや、そんなはずはない。それよりも呼びかけ自体が何かに阻まれているような、妙な感覚がある。
とにかく俺は諦めて、北門に向けて走り出した。
全速力で走っても、西門から北門にたどり着くだけで20分はかかる。
やっと北門にたどり着くも、あいにく北に向かう商人や冒険者の馬車などは見当たらない。
やれやれ、俺の足で一体どのくらい時間がかかるのか。森を超えた先となると、少なくとも丸一日はかかりそうだ。
くそ、あのへっぽこ女神があんなへっぽこじゃなければ、俺も空間転移ぐらいできただろうに。
これだけレベルが上がっても大したスキルが得られないなんて、へっぽこ女神の加護というのは本当にへっぽこだ。
門を出て進むこと30分、フェンリルを討伐したあの森に到着する。
俺は全速力で森を駆け抜け始める。途中使えそうな魔物がいたらテイムして、そいつに跨って走らせようかとも思ったが、あいにく遭遇するのはホブゴブリンやオーガなどののろまばかりだ。こんな時に限ってフェンリルは見当たらない。
大きくジャンプして足でそいつらを蹴飛ばしつつ、さらに進み続ける。
そのうち夜になり、辺りは真っ暗になった。
俺は、暗闇の中を走り続けていた。
すると、急に目の前の景色が薄れてきた。前にも経験したことのある感覚だ。
俺はすぐに分かった。
これは俺が生後3か月の頃、勇者の称号を与えられた際に、一時的に女神の元へ転移したときの感覚だった。
案の定、次の瞬間、俺の目の前にはあのへっぽこ女神がいた。
「ちょっと、へっぽこへっぽこって、何回人をへっぽこ呼ばわりすれば気が済むのよ!!」
女神は俺の考えを読めるようで、開口一番そう言った。
「本当のことだから仕方ないだろ。」
俺はフンッ!!と不機嫌に鼻を鳴らしながら言った。できればこいつの顔は二度と見たくなかった。
「ちょっと、失礼ね!これでも限られた神力の範囲内で、できる限りのことはしてるのよ…」
女神は自らを正当化するように言った。
「それはそうと、なけなしの神力を使ってまであなたを呼び出したのは、緊急だからよ!そう、こうやって呼び出すだけで神力は必要なのよ!!
とにかく聞いて、このままだとあなたがサザールに着く前に、あの子は死んでしまうわ!」
あの子というのはアルクだ。
女神はどうやら、そこで何が起きているかも知っているようだ。
「私は基本的に世界の事象に干渉できない。できるのは勇者に少し力を与えるくらい。とにかくこれを見て、あそこで起きていることを!」
そう言うと女神は目の前に、水たまりのようなものを展開した。
そしてあろうことか、俺をその中に放り込んだのだ。
「そこなら、一瞬で状況を把握できるから!」
水たまりに落ちていく感覚の中、頭上で女神の声が響いた。




