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勇者猫  作者: バゲット
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1.勇者の誕生

いつものようにすやすや眠っていると、急に目の前に小さな光が現れた。


その光はだんだん大きくなり、俺の体を包むほどになる。

目を閉じているにも関わらず、思わず眩しさで目がくらむほどだ。


体が光に包まれるにつれて、これまで俺の中になかった感情や知性が、頭の中に入り込んでくる。


一体何が起こっているんだ…?



パアッ…!!


最後に一段と強い光を放った後、その光は消えた。

光が消えたと同時に、俺の頭の中に誰かの声が響く。



「勇者の称号を獲得しました。」



ニャアアアアアアアア!?



俺は思わず声を上げて飛び起きる。



「きゃあ!な、なに…?」

部屋にいたメイドが、ビクッと飛び上がりこちらを見る。


ただでさえ縁起の悪い黒猫。その黒猫が急に奇声を発したもんだから、メイドは恐れおののいた様子で固まり、こちらを見ている。



そう、俺は猫(♀)なのだ。



生後3ヶ月の黒猫のメス。物心ついた時から、自分のことを俺と呼んでいた。

というか、物心というのはたった今ついたのだ。


急にわけのわからない光に包まれ出して、自我が芽生えたかと思うと、勇者だと宣告された。



猫なのに勇者とは、どういうことだ!?



「おぎゃああああ!」


その時、部屋の中にいた赤ん坊が、急に大声を上げた。



「あらやだ、ごめんなさいね、坊ちゃま。急にあの猫が声を上げるから、びっくりしたわよね。

まったく、奥様ったら、なぜあんな猫を拾ってきたのかしらね。おお、よちよち。大丈夫ですよ。」



ここは貴族フレデール伯爵家の屋敷の一室。

大声で泣き出したのは、つい2週間ほど前に産まれた赤ん坊の男の子、アルクだった。


メイドは俺から目を離し、焦ったように赤子を抱き上げ、ゆらゆらと揺らしてあやしている。



フン…黒猫が縁起悪いなんてのは、人間が勝手に決めたことだろうが。


この世界では、黒猫は魔族の使いと言われ、縁起が悪いとされていた。


ただし実際に魔族が黒猫を使役しているところは目撃されていない。単に魔族は黒い闇魔法を使うことから、黒といえば邪悪というイメージがついただけのことだ。


人間は縁起というものを気にする生き物なので、黒猫に害はないと分かっていながらも、俺たちを嫌厭するのだ。まったく迷惑なもんだ。



ただ、この家の奥様と呼ばれる女性、今メイドが抱いている赤子の母親にあたる人は、そんな迷信を気にしなかった。


幼い頃から生き物が好きで、どんな生き物にも愛情を注いできた。家の近くの森で遭遇する魔物まがいの生物にだって、興味本位で近づこうとしたことがある。



なぜ生後3ヶ月の猫(♀)の俺がそんなことを知っているかというと、さっきの光に包まれたことで、この一家や町、国、世界に関する様々な情報が一気に頭に流れ込んできたからだ。


とにかくそんな心優しい奥様が、屋敷の庭の茂みで、空腹で蹲っている黒猫の俺を見つけて、自分の部屋に連れ帰ったのだ。



周囲の人間は皆、俺を飼うことに反対した。

ただでさえ第一子息が産まれる大事な時期なのに、こんな縁起の悪い黒猫を部屋に置くなんて。



ただ、どんな生き物も愛する奥様は、そうは考えなかったようだ。


目の前の小さな命を見捨てることはできない。そんなことをすれば、自分の赤子にまで罰があたる。

奥様は、そんなわけで俺を部屋に引き入れたのだ。




…そんなことをダラダラ考えている場合ではない!


勇者とは何なんだ!?



「あーーーーーーっ!!!!やっちゃった!!!」



!?


急に俺の頭の中に、若い女の声が響く。

と同時に目の前の景色が薄れ、俺はいつの間にか、どこか知らない空間にいた。



目の前には、王座のような椅子に女が鎮座している。

金色の長い髪、真っ白なマーメイド型のドレス。いかにも「女神」という感じの風貌だ。



「こ、これは…。どうしようかしら…。あ、あなた、言葉は分かるわよね?」

俺に向かって問いかけてきたので、イエスの意味でニャアと鳴く。



「ああもう、まさかこんなことになるなんて…。」女は嘆く。

「私は女神。異世界から生まれ変わった者に勇者としての称号を与え、この世界の魔王と戦う力を授けるの。だけど…」



異世界?魔王?



不思議なことに、それらの知識もあの光と同時に取得したので、意味は理解できた。

ただ俺はこの世界で産まれたのであって、異世界人(猫)ではない。まして魔王と戦うこともできない。


女神は説明を続けた。



「今回あのフレデール家に産まれる男の子こそが勇者であると、神王様よりお告げがあったの。

この世界の勇者は、生まれつき特別な能力を持っている訳ではない。神王様が勇者だと告げた者に、私たち女神の力で、後天的に勇者の称号とスキルを与えるのよ。


だから私はあの家に座標を合わせ、女神の力を降り注いだの。ほ、本来はその部屋に座標を合わせるだけで、上手くいくはずだったんだけど…」



女神は自分を落ち着かせるために話しているようだった。両手をぎゅっと握りしめ、震えないように力を込めている。


「そ、それが…本来は生後間もない命にしか吸収されないはずの女神の力が…、

その部屋にいた生後間もない猫のほうに、吸収されてしまうなんて!!」



女神はガタガタと震え出した。

そして頑張できないように、叫び出す。



「もうやだああああ!この仕事がうまくいけば昇格してお給料上がるはずだったのに!!なんでいつもこんなことになっちゃうの!?」


女神にも給料なんてあるのか。

というか、こんなへっぽこ女神に勇者称号授与の大役を任せるなんて、大丈夫かこの世界の神は。



それはさておき、さっさとこの称号をあの赤子に移し替えてくれよ!

目でそう訴えると、女神はこちらの考えが分かるようで、頭を抱えながら弱々しく首を振った。



「それができるなら苦労しないわよ…。この儀式は一度きりしかできない。ひとたび勇者の称号をら与えられると、その者は魔王を倒す運命にあるわ。」



そんなこと言われても…。

俺、猫(♀)だぞ。



その時、急に女神がビクッと飛び上がった。


「ヒィッ!!し、神王さま、その、も申し訳ございませんんん…

な、なんとかします!この失態は必ず帳消しにしてみせます…!こ、この猫に魔王を討伐させてみせます!」



この女神、正気か?

猫に魔王討伐ができるわけないだろ!



「ははははい、大丈夫です!なんとかしてみせます!」


どうやら神王は、女神の頭の中に直接語りかけているらしい。

女神はぶるぶる震えながら、俺に向き直る。



「こうなったら仕方ないわ!あなたにできる限りのスキルを与えるから、なんとかあの赤ん坊と一緒に魔王を討伐して!

赤ん坊は普通の人間だけど、あなたが付いていたら何とかなるでしょう!…いえ、なんとかしなさい!!」



むちゃくちゃだ。一体どうやって、普通の人間が猫と一緒に魔王を討伐するのだ。



「あなたにはもう勇気としてのスキルが授与されている。基礎身体能力の強化、秀でた武術に魔術、鑑定スキル…これらはレベルアップすればより強化されるわ。それに加えて、ええと…ああだめ、私の力ではこれが限界。

ああそうそう、テイマースキルもあげるわ!これならそんなに神力いらないし!強い魔物でも何でも仲間にできたら戦力も上がるでしょう!」


そう言うと女神は、ぐったりと座り込んだ。



おい、本当になんでこんな女神に大役を任せたんだよ…


俺が心の中で呟くと、女神はくわっと目を鋭くしてこちらを見た。


「神の世界も人手不足やら何やらで大変なのよ!!使える神力にも限りがあるし…

もともと神の力は無限だと信じられていて、色んな世界の勇者や転生人に、並外れた能力を授けてきた。誰も神力に限界があるなんて誰も思わなかった…。


神の魔力とも呼べる神力の底が見え出してからは、私たちは節約に必死なの!今ある力だけで何とかやりくりしたり、他の神と力を共有したり…ほら、SDGsみたいなやつよ!」



ちょっと何を言ってるのか分からないが、これ以上この女神に期待できないことだけは分かった。



「とにかく、この世界の命運はあなたにかかってるわ。この世界の人達は予言の力で、あの赤ん坊こそが勇者だと信じ込んでいる。なんとかあなたの力で、あの子と一緒に魔王を倒すのよ。頼んだわよ!!」



そう言うと、急に女神の姿が消えた。

目の前の景色が一変し、俺はまたあのフレデール家とやらの寝室に座り込んでいた。



やれやれ…。とんだことになったみたいだ。



猫なのに勇者にされた俺。そして、なんの能力もないのに建前上の勇者にされてしまった赤ん坊アルク。我ながら不憫で仕方ない。

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