安価な物には事情がある
「腹減ったな……。」
「そうだな。次の街に着いたらカフェでも行こうか。」
「それいいな! ミルクティーでも飲みたいところだな。」
辺り一面草木が豊かな高原に二人の旅人の影がある。一人は剣を腰に差した長身の男性で、軽装ながらも鎧を身につけている。もう一人は白衣を身にまとった、口調の荒いの女性。近くで放牧されている牛たちを眺めながら、その奥の方に遠く見える城壁を目指して歩いている。牛たちは酪農家にによって『何か』をされている。それを見た女性が駆け寄る。
「お、牛の乳しぼりやってるぞ! 搾りたて飲ませて貰おうぜ!」
「待て! 酪農家さんの許可が無いと……。」
「声かけるだけでもいいじゃん? すみませーん!」
女性が声を掛けると、牛の乳しぼりをしていたらしき酪農家の老人は振り返る。
「旅人さんですかな? どうかされましたか?」
「いやぁ、搾りたての牛乳でも飲ませて貰えないかなって思ってきたんだ。一口だけでも飲ませて貰えないか?」
「はぁ、はぁ、やっと追いついた……。農家さん、仲間が無理を言ってすみません。止めたんですが、捕まらなくて。断って下さって構いませんから。」
男性が頭を下げると、老人は笑顔で首を振る。
「とんでもない! 我が家自慢の牛たちの牛乳ですから、是非飲んでいって下さい!」
「お、話早くて助かるわ! お礼は銅貨2枚でどうだ?」
「おお、ありがとうございます。それではお二人とも、こちらをどうぞ。」
「すみません。ありがとうございます。」
「サンキュー。確かに貰ったし渡したからな。」
老人に差し出されたコップには、並々と白い液体が入っている。膜もはっておらず、飲みやすそうだ。旅人二人はカップの中身をぐいっと一気飲みする。二人の故郷の牛乳とは違う、だがまろやかな味わいがする。旅人の飲みっぷりを見て老人は顔を綻ばせる。
「いかがでしたかな?」
「うん、風味が良いな。だが、故郷や他の国で飲んだ牛乳とは違う味がするな。」
「なんていうか……、味が濃いと思います。良い餌で育っているからでしょうね。」
「それは良かった。ここの辺りの牛たちは、他の土地の牛とは種類が違うのです。だから味も違うのでしょうな。」
「なかなか良かったな。良いモノ飲ませてくれた。」
「ごちそうさまです。酪農家さん、ありがとうございました。」
そう言って二人は酪農地を後にした。
酪農地から離れた木陰で突然二人は立ち止まり、そして自身の胃を圧迫させて胃の中のモノを吐き出した。出てきたのは、先程飲んだ白い液体だけ。それを出来るだけ吐き出して一息つく。
「はぁ……、全くとんでもないモノ飲む羽目になっちまったな。」
「お前に巻き込まれた俺は散々だぞ。あれは明らかに”牛乳ではない”。」
男性は自身の吐しゃ物を見てげんなりと肩を落とす。
「舌触りが変だったし、牛乳特有の味わいが無い。乳製品にあるようなミルク感がまるでなかった。」
「それに何だか胃の中が気持ち悪くなったんだよな。」
「アレ、一体なんだったんだ?」
水を一口飲み息を整えると、男性は女性の方に話しかけた。
「思ったんだけどさ、アレはこの先の街にも出回っているんだろうか?」
「そうなんじゃないか? この地域では一般的な飲み物ならな。」
「なぁ、俺達でアレが何か調べてみないか?」
「そうだな……。俺もアレが何かは気になるし。少し滞在してみるか。」
二人は少しはっきりと見えかけた城門を目指して歩みを早めた。
______
街を訪れた二人は、宿を確保した後市場に向かった。目的は”牛乳らしきモノ”の入手、それと”乳製品”だ。辺りはパンや魚、野菜、肉などの食材が豊富に売られている。その中には当然、”乳製品”を売っている店も並んでいる。女性が”乳製品屋”の店員に話しかける。
「”牛乳”1瓶とバター、チーズを一切れずつくれ。」
「はいよ! お代は銅貨5枚だ。」
「銅貨5枚……? 他の国ではもう少し高かったはずだが?」
「お客さん、旅人? この辺りの特産牛は、雌雄関係なく牛乳が出るんだよ。しかも雄は雌よりより多く牛乳を出すんだ。だから他の国より安価な牛乳が手に入るんだ。」
「雄も牛乳を出す……? それはさておき、バターとかチーズは手間がかからないか? その分の値段設定は?」
「さぁ? 作り方は一部の人間しか知らないから、分からないんだよね。でも安価で食べられるのは良いだろう? ……さて、ご注文のお品物だよ! あ、ただ他の国の牛乳と一緒で、飲み過ぎたらお腹壊すから気を付けて!」
「……あぁ、サンキューな。」
荷物を抱え、旅人二人は宿に戻った。
宿に荷物を下ろし、宿1階のカフェで昼食をとる。メニューにはパンやシチューなど"乳製品"を使った商品が多い。2人がそれらを避けてメニューを注文したところ、ふと横から声がかかった。シチューを食べている騎士らしき男性だ。
「旅人、というより学者さんと護衛さんか? ここのシチュー、美味いから食べてみな!」
「アンタは騎士か?」
「ああ、この国のしがない騎士さ。」
騎士は美味しそうにシチューを食べながらこちらに話しかけてくる。女性がそれに答える。
「ところで学者さんが何でこんな国に?」
「牛が雌雄関係なく乳が出るのが変わってるな、って思ってな。調べに来たんだ。」
「他所からしたらそう思うよな。俺も他の国の牛が雌しか牛乳出さないの知って驚いたよ。」
「ちなみになんで雄も牛乳出すかは知ってるのか?」
「いやぁ? 気にしたことないから分からないな。量さえ食わなければ腹下さないし。」
騎士は残りのシチューを匙でかき混ぜながらぼやく。それを眺めながら女性は席を立つ。釣られて男性も席を立った。
「じゃあ俺らは部屋に戻るから。何か分かったら教えるくらいはしてやるよ。」
「何か分かったら、って。物好きだな、学者さん。」
2人が部屋に戻るのを見た騎士も残りのシチューを口にかき込み、宿を出た。
______
部屋に戻り、2人は早速実験を始めた。”牛乳”を数個のコップに少しずつとりわける。女性はそのコップに、手持ちの薬品を垂らしていった。男性はチーズやバターを顕微鏡で観察し始める。男性が女性に話しかける。
「ところで、なんでお前薬品やら顕微鏡やら持ってるんだ? 旅には必要ないだろ?」
「いやぁ、薬作るのに必要かなってな! 特に新薬には顕微鏡は必要だぞ?」
「薬のためにそんなの持ってくるな! 研究狂い!」
男性は暫くバターの表面を眺めていたが、突然「うわっ!」と大声を出し女性へ駆け寄る。薬品を垂らしていた女性は訝し気な顔で男性を見る。
「今実験中なんだが?」
「そ、それは悪かったけど。でもまずいモノが見つかった! 顕微鏡見てくれ!」
「ほう? どれどれ……。」
女性が顕微鏡でバターの表面を観察する。
バターの表面には、びっしりと”タマゴ”と”幼虫”が張り付き蠢いていた。
「コレは……。何かの虫? ”乳製品”からこんなに虫の塊が検出される程、此処の衛生管理はずさんなのか? いや、待てよ……。」
女性は顕微鏡を離れ、ある薬品を”牛乳”に垂らす。すると、”牛乳”の表面が波打ち、何か小さい塊が浮かんできた。それを匙で掬い上げ、顕微鏡で観察する。
「……バターの時と同じだ。」
「は……? 何を言って……?」
女性の言葉に頭がついていかない男性は問いかける。それに女性は顕微鏡を覗いたまま答える。
「”バター”と”牛乳から出た塊”、同じものなんだよ。さっき俺が液体に入れた薬品、あれは『寄生虫を凝固させる薬品』でな。垂らすとそこに寄生虫が居た場合、液体に引っ付いて寄生虫が塊になるんだ。」
「じゃあ、これって……。」
男性は”バター”と”牛乳”、”チーズ”を見やる。顕微鏡から目を離し、女性がため息をつく。
「”バター”も”チーズ”も、あまつさえ”牛乳”も。全部『寄生虫の塊』って事だ。」
「うえぇ……。」
男性は胃を押さえて顔面蒼白だ。だが、酪農地で見た光景を思い出す。
「じゃあ俺達が見た”乳しぼり”って何だ? 一見ただの”乳しぼり”だったぞ? 店売りの段階で寄生虫が入ったなら、どこで寄生虫が乱入したんだ?」
男性の問いかけに、女性は「仮設だが」と付け加えて話し出す。
「最初から俺達が飲んだ液体に『大量の寄生虫が入っていた』と考えられる。俺達が飲んだあの液体には、牛乳特有のタンパク質の膜が無かった。そもそもこの辺りの牛が大量の”白い液体”を出す理由が『体外へ寄生虫を出すため』ならば、雌雄関係なく液体を採取できるだろうな。」
「そんな……。住民はそれを知っていて飲食してるのか!?」
「それはおそらく違う。寄生虫まみれの飲み物を売っていたとなれば、店の信用問題だ。だが”バター”を作っている奴は、この事を把握しているはずだ。」
女性の言葉に、男性は拳を握る。
「『安価だから良い』ってものじゃないぞ、これは……。」
「そうだな、それは同意見だ。という訳で、だ。」
「ああ、酪農家の話を伺おうか。」
______
「待ってくれ! 違うんだ! そのことは私も知らなくて___」
旅人の男性は、先の酪農家の老人の首に剣を押し当てていた。鈍色の剣がギラリと光る。女性はその後ろで”証拠品”をちらつかせて脅しをかける。
「じゃあ何で俺達が訪ねた時に『虫凝固薬』なんてものを”牛乳”に入れていた? 本来牛乳にはこんなモノ入れないぞ?」
「それは、その、出荷前の牛乳に寄生虫が入っていたら困るから、確認のために___」
「俺達が市場で確認した牛乳やバター、チーズは寄生虫まみれだったぞ? 役に立ってないじゃないか。それどころか俺達が街中で”牛乳”にこの薬を入れたら、なんと”バター”が出来たんだ。 おかしな話じゃないか?」
「う、うう……。」
「あんな牛処分して、他の国からしっかりした乳牛連れて来ればいいだろ。何してんだよ。」
「そ、それじゃあ売れないんだよッ!」
突然老人が声を張り上げる。二人はそれに動じずただ冷たく眺める。
「この土地は高原だ。普通の牛を管理するには平地より金がかかるし、そのせいで価格が高騰する! それじゃあ他所の輸入物に負けちまう! 稼げないんだ! それに、安く牛乳の”代わり”を手に入れるなら、皆だって喜ぶはずだ! だから安価で売るためにこうして___」
「ふざけんなよ?」
老人の言葉を遮り、男性が剣を押し当てる。カタカタと震える老人の首から血が薄く流れる。
「安く売るため寄生虫まみれの商品を売っても良い道理は存在しない。存在してはいけない。それに、お前は『安心して飲める牛乳を生産してくれる』と信じている消費者を裏切り続けてるんだ。許されるものではないだろう。」
「だ、だが皆は普通に飲んで___」
「飲み過ぎると腹を下す、という害が既に出ている。場合によっては消化器官がやられている人もいるかもしれないな。」
「そ、そんな……。」
老人はガクリと膝を折り、呆然としている。女性はそんな老人の髪を持ち上げ、上向かせる。
「お前に残された道は3つ。この場で死ぬか。心を入れ替えず死罪を受けるか。あるいは心を入れ替え獄中で償いの生活をするか。」
「……。」
「罪はもう国に伝えてある。逃げても手遅れだ。」
「……。」
遠くから、大勢の人の足音が聞こえる。見れば国の騎士団が集まってきている。
「あとはお前次第だ。勝手にしな。」
未だ呆然としている老人を騎士団に引き渡し、旅人二人は宿に戻っていった。
______
「『酪農家の陰謀! 寄生虫まみれの乳製品!』『犯人は罪を認め獄中にて実刑中』だってさ。」
朝食を食べながら男性は新聞の号外を見ている。女性はソーセージとスクランブルエッグをかき込んでいる。一見普通の朝食だが、そこに牛乳を使った料理は一切ない。
「あのおじいさん、心は入れ替えたんだろうか……。」
「さあな? どの道酪農家には戻れんだろうし、あの牛も処分になるだろうな。放っておいても寄生虫巻き散らかされるんだから。」
「なんだか牛には申し訳ないな。品種改良して、普通の牛になればいいけれど。」
「それにも金と時間がかかる。難しいだろ。」
「だよな。」
朝食を平らげた二人は荷物を取り、宿と国をあとにする。
遠くで聞こえる牛たちの断末魔を無視しながら。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
久しぶりに短編を書いてみましたが、如何だったでしょうか?
情報を知らずに飲食している我々の食べ物、本当に安全でしょうか?
今一度確認しても良いかもしれませんね。
それではまたお会いしましょう!