蝶との羽ばたき伍
蟲は己が死出虫である事に気付いた。動物の死体に群れ、その死肉を餌とする蟲。死から這い出る虫。蟲は托卵された死出虫だったのである。その事に気付いてから蟲は夢を見る様になった。それは蟲が殺してきた想いの残骸なのであろう。心の奥底に埋葬してきた想いの成れの果てだ。『蟲は目覚めるとフラスコを片手に持っていた。蟲は誰に教わる事もなく、フラスコに己の精液を入れ始める。それからフラスコを密閉し、精液を腐敗させた。すると透明でヒトの形をした物質ではないものが現れたのだった。蟲はソレを眺め…。暫くしてから…。【己に似ていない事】を嘆き、フラスコを壁に叩き付けて破壊した。パリンと音を立てフラスコは中のヒトの形をした物質では無いものとともに粉々になった。破壊しては精液をフラスコに入れ密閉し、腐敗させ…。ヒトの形をした物質ではないものを創造し破壊する。ソレを永遠と繰り返していた。存在しない生殖能力で幾度も。幾度も。幾度も。蟲は夢を見ている…のだと思う。いや、夢ではなく無意識の内の妄想なのかも知れぬ。其れを現実世界と重ね合わせて見ているのだろうか?瞳が映し出した世界か?脳が造り出した世界か?蟲には、それすらも認識できてはいない。そもそも、瞳が映し出した世界すら脳が造り出すのだから、其処に違いはないのだろう。蟲の脳が…。蟲そのものが認識している世界だ。だから、眼前の光景は蟲に関する世界なのだろう。だとしても、夢であると願いたい。現実に紛れ込んだ妄想なのだと願いたい。そう思わなければ蟲は意図も容易く壊れてしまうだろう…。蟲は夢を見ている。現在…。蟲の眼前には…。愛する我が子の…。