蝶との羽ばたき肆
蟲にはずっと、心に埋葬していた想いがあった。ソレはこの家族と云う卵の形状が歪んでいるのでは無いかと云う疑問だった。妻の言動に何かしら異変があろうとも、義父母は蟲が行ってきた行為の報いなのだと咎めた。そもそも何もかもお前が悪いのだと幾度も幾度も責められた。そう。真実すら視える事の出来ない盲目の蝶は蟲を責め立てたのだった。己が犯してきた罪を擦り付ける様に蟲を罪人へと仕立てたのだ。金属の鎖は蟲の自由を奪い去っていた。蟲は這いずり蠢いた。踠き喚き、憂い、鬱に堕ちた。空を見上げると。妻は本来の番と共に、美しい青空を舞っている、色鮮やかな綺麗な蝶の様に羽ばたいていた。番を失っていた蟲は、気付くと押し殺してきた想いの残骸の中にいた。残骸は腐敗し、蛆虫が沸いている。蟲は【死】を連想させる想いに囲まれて生きていたのだった。蟲は死から這い出でる蟲なのだと、漸く気付いたのだ。蟲は蝶が羨ましく妬ましく仕方無かった。もし…。あの蝶が幸せの絶頂時に地面を這いずる蟲に変貌したのなら…。あの鮮やかで綺麗な羽を、非道く無惨に捥いだのなら…。どれ程の美しい光景が見られるのだろうか…。そう考え始めた。全てを壊してしまおう。想いの残骸で満ち満ちた、この巣穴は窮屈だったのだから…。全てを壊して…。新しい巣穴を見つける為に…。