第7話炸裂する紅蓮華
俺達は……ミナ・フォン・メイザースを救うために依頼の納品物を投げ捨てた地点を目指し歩いていた。
日本のように山が見えれれば方向感覚が狂うようなことは稀だが、中世ヨーロッパの原生林のようなこの陽光届かぬ平地の森は、目印を覚えておかないと迷ってしまうようのだ。
だから俺は彼女を助けに行くときに、流櫻を抜刀し周囲の木々に切り傷を付けて回ったのだ。
刀傷は、刃が入った方向を特定しやすい性質を持っている。最初に刃が当たった点は傷が深く、振り抜いた部分は浅く、習字の跳ねや払いのように擦れる。
だから傷が深い方へ向けて歩いていれば、目的地に辿りつくと言う訳だ。
――――とそんな知識を持っているのは俺ぐらいのもので、ミナ・フォン・メイザースが木々に付いた刀傷を見たところで、熊などの爪の傷と剣による傷、あるいは新しいか古いかさえも分からないとの事で、今回は完全な戦力外。
出口までの道を探すのが俺で敵が見えたら、俺に警告から即攻撃と厳命している。まぁそう言うときのために魔杖古剣・火樹銀花を渡しているのだが……
「この剣、軽いし振りやすくて良いわね!」
ミナは嬉しそうに古剣・火樹銀花を鞘から払いブンブンと素振りしている。
その度に空を斬る風切り音が聞こえるが……俺が火樹銀花を振るときに比べると音が美しくない。恐らくは剣を振るときに斜めになり表面積が増えているのだろう。綺麗に振れていない証拠だ。
先ほどまで自分の腕力に合っていない濶剣を振っていたと言うに、軽い剣を手に入れた途端子供の様に燥いでいる姿を見ると、彼女の整った容姿も相まって思わず目で追ってしまう。
「火樹銀花は出来るだけ刀身を薄く狭く作っているし、重心が持ち手に来るように調整してあるから、君の剣に比べると軽く感じるんだと思う。まぁそれより君の場合は基礎が足りないかなぁ……」
別段、彼女の濶剣の質が、悪いと言うことは無い。俺の目から見てもわかる程。良質な鋼を用いて鍛えられた一振りで、《《相応の使い手》》が振えば良かったのだが……彼女には剣を振う技術も、筋力も、体力も足りていないのだ。オマケに言えば剣の性質ともマッチしていないのだから、まさに負の役満と言っていい。
それに比べれば古剣・火樹銀花は、まだ彼女の性質にマッチしている。だから使いやすいと感じるのだろう。
「うっ! 分かってるわよ……今だって素振りぐらいはしてるのよ?」
図星を突かれたのか、ミナは一瞬。口篭もるが言い訳をした。
才能のある奴の素振り一回と、才能の無い奴の素振り一回が、同じ価値な訳ないじゃないか……とは思ったもののそれを素直に口にするほど俺は子供ではなかった。
「だろうね。それぐらいはしてないと、あの鼠の攻撃を視認してから打ち返す。なんて芸当は出来ないよ」
「そうでしょう」
などと偉そうなセリフを吐いているが、魔術を使えなかったので結局意味はない。
「敵が来た時は火樹銀花で火球か火矢を撃てばいい。俺が反応出来る時間さえ稼いでくれればそれでいいからな! くれぐれも余計な事はするなよ?」
「分かってるわよ!」
俺の言葉に彼女は強く反発した。
(まぁ分かってるって言うならいいか……)
………
……
…
俺が鎧狼の毛皮や薬草を回収していた時だった。俺は見えていなかった。
「防御ッ!!」
ミナが叫んだ。
俺は一瞬たりとも迷う事無く風精霊の加護を発動させつつ、頭を振り敵の位置を確認する。
そこに居たのは大型の猪だった。巨大な頭部に反り返った一対の像の様な大牙と、黒茶色の針のようなゴワゴワの毛がビッシリと生えた分厚い毛皮、背中から突き出た瘤は駱駝を想起させる。昔ネットの画像でみたホグジラやホジラとよばれる猪豚を想起させる。
キチンと言葉の意味を理解できるのは好感が持てる。
「火矢!」
ミナは、古剣・火樹銀花をホグジラに向けて火矢を放つ。
速い!
ミナの火矢は熟練度が高いのか、射出速度が速くホグジラに回避の隙を与えない。
ボン! と爆発音を立てるが安心はできない。ホグジラの黒茶色の針のようなゴワゴワの毛によって、火や爆発は対して意味をなさない可能性が高いからだ。
「そのまま畳みかけろ!」
俺は叫び、流櫻を鞘から払い八相に構える。
「火球連鎖ッ!!」
彼女がそう叫ぶと、常人には知覚できない大気中の魔力の流れ――――大気魔力描いた巨大で複雑な立体魔法陣が構築される。
「何て大きさだ!」
俺は思わず感嘆の言葉を口にしていた。




