第6話古剣・火樹銀花
ミナは鞘から数㎝程刀身を引き抜いて中を覗き込んだ。
刀身は美しい鋼の銀色をしており、アーノルドの剣と違い波紋は浮かんでいないものの、鞘には夜空に浮かぶ花火と紅葉の落ち葉をモチーフに意匠した彫刻が施されており、艶やかな印象を受ける。
「いいの? こんないい濶剣借りちゃって……」
アーノルドは便宜上、濶剣と呼んでいるが、古代の日本では大陸と同じく両刃直剣を用いていた。
時代が流れ平安時代中期以前には、反りのない片刃の剣が好まれるようになり直刀が出現し、関東以北に在住していた。蝦夷(大和政権に服属していないまつろわぬ民)の蕨手刀それを参考にした湾刀、そして現代人が思い描く刀へと進化してきた系譜があり、懐古主義に習って打った影打ち(試作品の事)の一振りでしかない。
そのそも濶剣自体が、細剣と比べて刀身が広いと言う意味でしかないので、広意で言えば古剣とよばれる日本の両刃直剣も、濶剣の一種と言える。
「俺にはコレがあるから問題ない」
そう言って俺は愛刀・流櫻をカチャリと鳴らす。こちらも鞘には桜の花弁の意匠が施されており、日本を想起させる美しい意匠をしている。ある程度なら俺も鞘を作れるが、ここまで美しく飾り立てられるのは数少ない友人の腕のお陰だ。
「その剣……火樹銀花は火属性魔術に特化した調整で、高速発動・高威力・低燃費をコンセプトにした片手用両刃直剣だ。今の手持ちの中だと魔術型の剣士と一番相性がいい一振りなんだ。取りあえず杖替わりに持っておけ」
「そう言う事なら……」
渋々と言った様子でミナ・フォン・メイザースは剣を受け取った。
「それでなんで国内有数の権力者の息子が、冒険者の真似事なんてしてるのよ?」
ミナの言葉には軽蔑の色も侮辱の色も感じなかった。ただ疑問に思った事を素直に口にしただけなんだろう。
「俺は自由に生きたいんだよ。小遣いも稼げるし手に職も付くから、冒険者をやってみようと思っただけだ」
少し見栄を張ってしまった。この世界の事をロクに知らない俺は、前世の知識で勝手に冒険者=自由の象徴とイメージしているだけだ。
「ふーん。そうなんだ。でもクローリー家なら剣を打てるんでしょ? 鍛冶師になればいいじゃない……」
彼女の言葉にも一理ある。危険を冒して得る報酬よりも鍛冶師として、武器を打った方が時間当たりの稼ぎは多い。
「俺はあくまでも自分のために剣を打っているだけだから……それに俺は上三人と比べると全て劣るからなぁ……」
長兄は頭脳に優れ、次兄は鍛冶に優れ、三男は剣技に優れる。それに比べて俺は全員の真似事が出来るに留まる。強いて言えば魔力は一番多いぐらいか……
「まぁ何というかご愁傷様。この数年クローリー家四兄弟は学内では悪い意味で有名だもんね……それで火樹銀花はアーノルド君が打ったの?」
「あぁ、火樹銀花は俺が授業で使うために弟子入りしている工房で打った。刀の技術を取り入れた濶剣だ。付与ももちろん俺がやった。まぁ鞘だけは作ってもらったがな……」
「確かにこんな綺麗な仕事を貴方がやったと言われたら、私も素直に納得できないわ」
「確かに俺は金属細工や彫刻は基礎しか出来ないから、ここまでの一品は作れないよ。大型鼠の皮や魔石だが俺が貰っていいか?」
「えぇ別に構わないわ。そのために私に魔杖剣を渡したのよね?」
「概ね正解だが、俺にはコレがあるからお前が居なくても問題ない……」
俺はコートの胸ポケットにしまっていた。魔杖直刀・風餐露宿を取り出した。
先ほどまでの二振りの剣とは異なり風餐露宿は華美な装飾は一切行っていない。白無垢の木材に漆を塗った程度の簡素なものだ。
「さっきまでの剣に比べると地味な鞘ね」
「まぁそう言うな……コイツは便利な魔術を刻んであるだけでそれ以外の魔術を使う用には作って無いからな。【風餐露宿】起動!」
ピュー。
突風が吹き始め、俺を中心に風が集まり繭を形成する。
「何これ!」
「風餐露宿は音・匂いをほぼ完全に遮断し、副次効果で索敵も出来る結界魔術で俺の固有魔術にあたる。効果は地味だが便利でな、こうやって血の匂いを遮断する事で他から狙われにくくなる」
「魔力を視られたら、一発アウトなのが難点って所かしら……」
「その通り」
風餐露宿は元々、とあるコンセプト刀の試作で、魔術を乗せた付与版の影打ちの様なもの。だがその数ある失敗作の中では、抜群の汎用性を誇る。
今回も先ほどの鎧狼と同じく、首から肛門まで、一直線にかつ内臓を傷つけないようにスーッと毛皮を切り開き、皮に接着した筋を直刀で切りながら肉と皮をバラし最後に筋肉を割いて魔石を取り出す。
「手慣れてるわね……」
「そうでもないよ。鎧狼8匹で練習したし、たまにだけど魚とか捌いてるから慣れだよ慣れ」
「そう言う物かしら……」




