第25話アイリッシュ・ホワイトシチュー
列に並び冒険者ギルドの買い取り帳場の順番がやって来る。
「依頼の受注書と冒険者ギルドの登録証。そして納品物をご提示ください」
相も変わらず不愛想な女性職員は、淡々としたした声で定型文を述べる。
言われた通りに依頼の書類と冒険者ギルドの登録証そして納品物を別けて台に乗せる。
「エドワードさん(俺の冒険者としての名)。お疲れ様です。数日いらっしゃいませんでしたがボウズだったんですか?」
「そう言う訳ではなく、ただ学校で用事があっただけです」
「そうでした。エドワードさんは学生でしたね」
「双角野兎ですか……それも9羽も……毛皮のみの買い取りとの事ですがよろしいんですか?」
「ええ。友人と食べようと思いまして……」
「そうですか……」
少しがっかりそうな顔をする。
「一羽なら売れますが……」
「本当ですか! 是非お願いします」
好物だったのだろうか? 珍しく感情が表に出ていたと言うか、意識して感情を出さない様にしているだけかもしれないが……
こうして俺は帰路に付いた。
………
……
…
屋敷の調理場で鍋を傾け、作っているのはクリームシチューだ。冬の寒さを感じる今、身体を暖めるスープとしての役割を果たしつつも、バゲットを食べさせる程の旨味を持つのはシチュー以外考えられない。
鶏肉の様な淡白な味わいの赤身肉である。兎肉に足りないのは油分だ。揚げ物やソテー、バターやオイルの入ったコクのあるソースと言ったこってりとした調理方が良く合うと聞いている。
アルタは作業が詰まっている時には飯に頓着しなくなる。
シチューならば人参や玉葱、馬鈴薯と言った野菜や乳と言った高カロリーなものを摂取する事が出来る。
冬場に不足しがちなビタミン類も多く取る事が出来る。
ホワイトソース仕立ての料理自体は、「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」でお馴染みの大正時代より見られたが、その存在が爆発的に広まったのは戦後のこと。
子供に栄養価の高い食事を与えようと政府が主導し学校給食に取り入れられたことがきっかけだと言われており、当時は白シチューと呼ばれていた。
牛乳などは当然使えず、脱脂粉乳を使っていたので今と比べればかなり不味いモノだっただろう……だが食うモノに困り米兵のコンドーム入りのゴミを買い取り、その残飯をスープとして闇市で売っていた戦後の時代では、かなり美味い食い物だっただろう。
そして現在のように家庭で食べられるようになったルーを作った際に参考にしたのが、ジャガイモ飢饉や北部だけ他国の領土になっていて、本国でも格下扱いされる貴族が居たり武力紛争になっているで、お馴染みのアイルランドの郷土料理であるアイリッシュシチューである。
兎肉、人参、玉葱、西洋長葱、馬鈴薯、キャベツ、ブロッコリーと言った野菜を入れ、コレだけで栄養を補給できるようなメニューを作る。
弱火で熱した鍋に有塩バターを溶かし、しんなりするまで炒め、一口サイズにカットした兎肉を入れ弱火で炒め、色が変わってきたらキノコとジャガイモ、人参を入れ弱火で全体にバターが馴染むまで炒め薄力粉を入れ、粉気がなくなるまで弱火で2分程炒め、鶏ガラ、水、玉葱、人参、大蒜、塩、タイム、ローリエ、黒胡椒等で取った出汁を入れてよく混ぜ合わせ。
酒、塩、胡椒を入れて味を調え沸騰したら蓋をして弱火で20分程ジャガイモが煮崩れるまで煮て、牛乳、ブロッコリー、キャベツを入れて軽く煮る。
こうする事で出汁の旨味を舌で良く感じる事が出来る美味しいシチューが出来上がる。
大量に作ってあるので小鍋……とは言っても10食分以上は平気である鍋に、ホワイトシチューを取り別けてアルタの家に馬車で持っていく。
「若様美味しそうな匂いですな……」
御者が珍しく声を掛けてくる。
「安心しろ屋敷の鍋にはこれより多く残っている。使用人にも振振舞うように言いつけてある。帰ってからワインでも楽しみながら食べると言い。バゲットや黒パンに付けても美味いと思う」
「それは最高ですな! ガハハハッ」
不愛想な老人だと思っていたが、話して見れば随分と気の良い老人のようだ。
ドアを叩くとドタドタと言う足音が聴こえる。
バタンと乱暴にドアが開く。
「何? こっちとらアンタのせいで忙しいんだけど?」
大変不機嫌そうだ。
それに比べて俺は美味いモノが食べられて大変に気分がいいが……
「飯を持ってきた。仕事に一度熱を入れるとバゲットしか食べないだろう? だからジャガイモの入ったスープを持ってきた。これさえ食べれば他は要らないような奴を、だ」
俺はそう言って鍋の蓋を開ける。
「この白いスープありがとう。それじゃ……」
バタン。無慈悲にもドアは閉められてしまう。
「若様……」
御者と俺の間に気まずい空気が流れた。




