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第21話紅椿

 俺は今、一種の『ゾーン』に入っている。

 頭では冷静でない事を理解していても、体や心が冷める事はない。

 まるで神を卸しているかのような、そんな集中力がふつふつと沸き出て、槌を振り下ろすカンカンと響く心地よい金属音が、俺を高揚させる。

祭囃子まつりばやしや太鼓のようであった。

 つちを握る手に渾身の力が、思いがこもりながらも、打ち付ける時には自然と適切な力加減が出来る。


(これは………今まで一番の名作が打てる気がする)


 激しい渇水かっすい感に体は疲労を訴える。

 ただ『今』手を止めてしまうと、この剣が凡作以下の駄作になってしまう

恐ろしさを感じて休むことが出来ない。

 否。精神は高揚し、疲れが吹き飛んでいくようなのだ。


 板状に作った芯鉄しんがねを、U字に形成した皮鉄かわがねで包み込むように鍛接れんせつしていく――――こうして硬い鋼と柔らかい鋼を一つに合わせて、一振りの刃としてまとめ上げていくのだ。

 そして一(まと)まりにした鋼を熱して叩いて、剣として必要な長さまで徐々に伸ばす。この柔と剛の二重構造が良く斬れ、折れず曲がらずの日本刀を産み出すのだ。

 こうして『素延すのべ』と言う細長い棒状に成型する。

 この際、単に熱を加えるのではなく、鋼を沸した状態に保ちながら徐々に打ち延ばさないと、無理な力が鋼にかかり変なクセの原因となるからだ。


 ここまでは日本刀の作り方だが、ここからは形状を整えて濶剣ブロードソードに作り上げていく必要がある。


 先ずは切っ先を整え、形状を変化させたい部分を火床ほどで暖め、小槌で叩いて成形する。コレを『火造り』と言う。

 刃を薄く叩きだし、濶剣ブロードソードの中央部にあるしのぎを浮き出させ、なかごを成形し、目釘穴を開け理想の剣を想像ながら、一心不乱に赤く熱した鋼へ槌を叩きこむ。


カンカン! カンカン!


 『火造り』は一気に仕上げないと、不要な焼きムラが入ってしまうのでどれだけ休みたくても、一気に仕上げなくてはならない。

 勘違いされる方もいるので補足説明をしておく、刀剣と言うのは、最後の研ぎの段階までどうなっているか分からない。

ここまでの作業を行ってもナマクラになる事は少なくない。


 濶剣ブロードソードの形になった刀身にヤスリで成形する。

これを生研ぎと言って、鍛冶師がする仮研ぎで刀の形を整える作業を言う。


(折角だ刃文はもんを入れてみるか……)


 次に行うのは『土置き』と言う作業で、粘土に鉄粉、炭の粉、粉上になった砥石を混ぜて作った『焼刃土やきばつち』を塗り、付けたい波紋の形を描く、刃には薄く地金などの部分には厚く塗り良く乾かす。

厚みの境界線が刃文はもんとなるのだ。

 細かく丁寧に切り分けられた炭を使い、刀身全体に熱が均一に熱せられるよう必要に応じて、火床ほどから刀身を抜き差し温度を調節し、全体が約800℃まで熱されたら、水の中に入れて一気に冷ます。

 この工程を上手くやらないと硬度が十分得られないばかりか、刀自体が砕けてしまう。


 俺はゴクリと生唾を飲み込み集中力を高める。


(集中しろ! 火と鋼の声を聞く………今だけは魔剣士ではなくただの鍛冶師として刀の事だけを考えろ!!)


 目を開けると真っ暗な工房の中で、炉の炎だけが煌々と炊かれている。

 どうやら夜になってしまっていたようだ。

 俺は師匠から、熱した鋼の色と炎の音で最適な温度を判別できるようにと教えられてきた。


 俺はゆっくりと慎重に、剣を炎の中へ投入する。


 鋼を飲み込み、煌々と光り輝く真赤な炎が猛踊たけりおどる。

 火床の中で粘土が燃え、鋼が焼け、火の粉が舞い散る。

 それは夜空に舞う粉雪。あるいは月明りに照らされた桜吹雪とでも言いたくなるような情景じょうけいだった。


 思わず火の粉に魅入ってしまっていたが、体は適切なタイミングで炉から剣を引き上げて水桶に入れて急冷させる。

 温度差により体積が約1000倍に上昇した水は、ゴボゴボと気泡を立てるが、水と剣の温度差が少なくなると湯気を立てて押し黙る。

 こうする事で温度差により、刃側と棟側で鉄の組成が変わり本来なら反りを産むのだが、脆くならない様に表面を硬めた刃文入りの濶剣ブロードソードが出来上がる。


 焼き入れによって硬くなった刃はとても脆い。だから『焼き戻し』と言う作業を行い刀に粘りを持たせる。

この時の温度は約200度と極めて低い。

 ある程度冷めたところで、もう一度炉にくべ200度まで温めて再び急冷する。


 無意識か意識していてか、気が付いたら息をする事すら止めていた俺の肺は、噎せ返る勢いで新鮮な酸素を求める。


「――――ぷはぁ……はぁはぁはぁはぁ………」


 最後に刀身を砥師顔負けに研磨し、なかごと呼ばれる柄に覆われる部分に荒くやすりをかけ、目釘穴の下に銘を切る。

表には俺の名前を裏には作刀日を刻む。


 アーノルド・フォン・クーロリー XXXX年XX月XX日キュブロス工房


 刻んだばかりの銘などは文字の周囲の鋼が隆起し、

―V―V―こんな感じに他に比べて盛り上がる。ここを見れば古い刀剣かどうかの判別がつく。


 白銀の刀身を眺めて俺は銘を考える……夜空に舞う粉雪。あるいは月明りに照らされた桜吹雪のような火の粉。

 つまりは赤。

 そして使い手であるミナの性格。

 「誇り高く」「完璧であろうとする不完全さ」……

 ふと椿の花言葉が当てはまるなと感じた。

 俺は自分で作刀したモノでも、コレはと言う名作にしか名付けない花の名前を与える。


「銘はそうだな――――紅椿あかつばきだ!!」




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