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第19話工房で剣を打つ


 俺が家の都合で世話になった鍛冶工房は、この都市に比べればずっと田舎の都市だった。


 俺が剣ではなく刀の鍛冶を勉強したいと、当主である伯母上に奏上そうじょうした際には、「はぁ……貴方まで風変わりな剣を好むのですか……工房を探し弟子入りする事は認めますが、本家からの援助は無いモノだと思ってください。それと普通の剣の技法も学んでおくように」と消極的な許可を頂いた。

 そんな事もあり俺は刀を学んだのだ。


 これから向かうのは師匠が紹介してくれた工房で、現在は刀剣類のメンテナンスのために場所を間借りしている。

 カンカンと金床かなどこに槌を打ち付ける音が聞こえる。

 これは鍛造たんぞうと呼ばれる手法であり、鉄を叩いて伸ばして折り返しまた叩き成型する技術で、習得までに時間がかかるものの強度が高いと言う特徴を持っている。


「キュブロスさん。おはようございます」


「おおアーノルド君、よく来た。刀のメンテナンスにしては少し早いと思うが……珍しく作刀さくとうする気になったのか?」


 炉の火によってこんがりと日焼けした。中年のガチムチのナイスミドルが陽気な口調で挨拶を返す。

 彼はこのキュブロス工房の職人マスターで、鍛冶師ギルドでも上役を務めているほど鍛冶師としての腕前も政治力も高い。この町の盟主の一人と言っていい存在だ。


「えぇまぁそんなところです……奥の場所借りますね……」


 一言断りを入れて奥の工場を借りる。


「おう、ウチの弟子たちが見学したいって言う物だから見せてやってくれ」


「分かりました」


 リンや硫黄と言った鉄を脆くする有害不純物や珪素やマンガンが少ない鋼……玉鋼を用いて作刀さくとうする。

 鋼とははがねとも書かれ、語源は刃物に用いる金属つまり刃金はがねである。

 古くは炭素が混ざった加工しやすい鉄の事を鋼と呼んでいたが、現代ではニッケルやクロムを混ぜた特殊鋼・合金鋼を用いる事もあるらしい。

 俺はニッケル、ホウ素、マンガン、クロム、バナジウム、を適量混ぜた鋼を用いる。


 よくヨーロッパの剣は鋳造ちゅうぞう品だから脆く弱いと誤解している人も多いが、実はそうでもない。それに鋳物いものは高度な技術で複雑な形のモノや、生産性が高くコストも低いと言う明確なメリットがあるので一概には否定しない。特に現代であれば鉄鋼から削り出し研いで刃を付けてもいいのだ。


 どちらにしても削り出しよりも多く鉄を使うため、金属の乏しいこの世界において現在主流なのは、鋳造と鍛造だ。


 ここにある道具の多くのは魔道具であり、本来大人数で行わなくてはいけない作業を肩代わりしてくれる。

 辺境で修行してた時は、炭の大きさを均一にする『炭切すみきり』をさせられたけど、現在の工房では電子レンジのようにスイッチ一つで、最適な温度を保てる魔力炉で炭火を代用できる。


(修業時代にやっていた炭切りは何だったんだ……)


 先ずは炉に火を入れて温まるまで待つ。

 その間に鋼を厳選し適したものを選ぶ。

 玉鋼たまはがねは単なる金属ではなく、一つ一つに個性があって言うなれば生きている。ファンシーな話と思うかもしれないが、こう言えば分かりやすいだろうか? どこにどれだけ不純物があるのかが違うと。

 師匠曰くそう言った金属毎の『声』を聞き届ける事の出来る鍛冶師は少ないらしい。

 俺もまだその領域にはいない。


 先ずは玉鋼たまはがね火床ほどで熱し、真っ赤になるまで温める。そして厚さ数ミリの薄い板状になるまで打ち延ばす。


 ほと・ほど とは、日本神話が記された古事記で伊邪那美命イザナミノミコトが火の神火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)を産んだ際に、火傷を負って病に臥し亡くなるのだがその際に焼いた場所。つまりは陰部を指す。

 自然の火。火山やマグマの神であるカグツチをイザナギが天之尾羽張アメノハバオリと言う神剣十束剣(とつかのつるぎ)で斬首した事により、16柱の神が生まれた。代表的なのは、雷神にして剣神である武御雷タケミカズチだ。

 このため危険だった火を制した神話や火神は風神と共に製鉄に必要不可欠な神であり、ほとと言う名称や剣神が生まれるのは製鉄のメタファーと言う説もある。


閑話休題それはさておき


 俺は槌を振う一回ごとに魔力を込める。

誰に習った訳でもないが、心を籠めたり、完成図を想像しながら打ったり、無心で打ったりと刀匠や鍛冶師によって、成功体験が違うから、皆言う事が異なるのは当たり前だ。

 俺は魔力を付与するつもりで鍛造たんぞうした方が、良いモノが出来ると信じているからそうするのだ。

 根拠何てない。ただの精神論で感情論……だが一人で鉄と向き合うのだから、気休めの一つぐらいはあってもいいと思っている。


「相変わらず凄いな……」


 完全に個室と言う訳ではなく、奥の目につきにくい場所をただ借りているだけだ。キュブロスさんの弟子が俺の作業を見ていても何ら不思議はない。

 声の主は確か高弟子の方で、既に彼の作品目当ての客がいると聞いている。

 久しぶりの作刀で緩んでいた緊張感を戻すためにも、周囲の聴衆ギャラリーの存在を意識する。


………

……


「先輩アイツを知ってるんですか?」


 あの中途半端に年を取った奴が何者かと疑問に思い。先輩に質問した。

 先輩は俺の肩をぎゅっと掴み引き寄せると小声でこう言った。


「カバジ! 馬鹿な事は言うな! あの方は魔剣士の名門クローリー家の方だぞッ!」


「く、クローリー家ですか!?」


 その名前は俺でも知っている。その名は魔術を扱う術者が刀剣を握る事になった原因の家で、現当主とその兄は魔剣士でありながら有名な鍛冶師であり、師匠よりも名前が売れていて上流階級や金を持った冒険者に好まれていると聞いている。


「あぁそのクローリー家だ。ウチの工房は学園が出来てから、代々クローリー家方を受け入れている工房でな……時々両刃直剣じゃない。風変わりな剣を好まれる方がいらっしゃってな……アーノルド様は刀とかいう東方の剣を学ばれたらしいんだ」


 先輩は『風変わりな剣を好まれる』と言っているが、ようはただの変人だ。馬上で使うからと言って曲刀のオーダーが入る事があるが、絶対数が少ないのでそう言う依頼は高弟子か師匠がオーダーをこなす事が多く、俺だってまだ包丁とナイフしか打たせて貰っていないのに……


 俺はアーノルドと言う学生に嫉妬を覚えてた。


「嫉妬するのは構わないが、クローリー家の方々は皆剣と魔術、それに鍛冶師としての勉強を幼い時からなされている……お前よりよほど修業期間は長いよ……」


 ――――と先輩は笑っている。クローリー家は独立独行を家訓とし、自分の得物は自分で打ち自分で手入れすると言う話は、平民で学のない俺でも知っているほど有名な話だ。


「俺も何度見ただけだが、アーノルド様の剣の打ち方は特殊で良い刺激を受けられると思うよ。但し作刀の邪魔にならないように遠巻きからのぞいてな……どうせ今日も練習しか出来ないんだし……アーノルド様も見学する事に付いては文句一つ言わないからな。普通技術ってモンは秘匿してナンボなんだがな……」


「やっぱり変わった人なんですね……」


 技術が認められて職人マイスターに成れるのだ。そのメシの種を他人に目せびらかす行為を俺は正気の沙汰とは思えない。親方は「技術は見て、試して盗め」と言っているが、アーノルドは見て試す機会を与えているに他ならない。「盗め」とまるで言っているようだ。

 否。「盗めるものなら盗んでみろ」かもしれない。何せアーノルドは悪役公子と言う仇名が付いていると、以前研ぎの依頼で魔杖剣まじょうけんを持ってきた学院の学生が言っていた。

 俺は目を皿にして、アーノルドの技を盗む事にした。


 その時俺を見る先輩の目が生暖かった事だけが気になった。


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