ギルドの美人受付は恋をしている⑨
リスと一緒に侵入した壁の向こう側は、坂道というか滑り台のようになっていました。そんなに長い距離ではないですが、抵抗することもできないまま転がり落ちて行きます。
行き着いた先には何もありませんでした。広くもない円形の部屋になっていて、蟻の巣穴のようにいくつか通路があります。そして、人間とは明らかに違う息遣い。モンスターがいるのは確かですし、しかもこのダンジョンで今までに出会って来た低級のそれとは気配が違います。1匹や2匹でもなさそう。
「あなたのご主人のところに案内してくれる?」
リスは器用に私の体から降りて、いちばん左の通路へと走って行きました。私も音を立てないよう注意しながら後を追います。
大丈夫、リスをテイムできているんだから生きてる。そう自分に言い聞かせて。
だって自分を鼓舞しないと今にも吐いてしまいそうだし! なんなら足とか震えてるし!
また血の海になっていたらどうしよう? また間に合わなかったら?
通路の先はどんどんと細くなり、最後には何もなくなりました。行き止まりです。
え? と思っているうちにリスが壁を駆け上がりました。見上げれば、上にもう少し先がありそう。その場にある岩や石を足掛かりによじ登ります。
途中で微かに血の臭い。また胃がぎゅっとなりました。吐く吐く、無理無理無理。
「生きてる? 大丈夫?」
上った先は狭い洞穴で、奥行はほとんどありませんでした。
二人の男性が壁に背を預けた状態で寝ています。リスが若いほうの男性の頬に自分の額を押し付けました。
周囲を見ればそこかしこに血の痕がありますが、命にかかわるほどの出血ではなさそう。
鞄から回復薬を取り出して、ふたりの頭からぶっかけます。
「うわっ! ……ぐぇ」
ナイトさんが飛び起きて、その反動でお腹を押さえながら丸くなりました。なるほど、お腹をやられたのなら動けないですね。
テイマーさんも薄っすらと目を開けます。よかった、ふたりともちゃんと生きてる。
ほっとしたらめっちゃ泣きたくなってきた!
「よがっだぁぁぁ……生きてたぁ……。こ、これ、えっとまず水、飲んで」
「た……助かった。回復薬も切らしちまったし、すぐ出るからってろくな装備じゃなかったんだ」
渡した水筒をナイトさんが奪うようにして手にとり、ごくごくと音をさせながら飲みます。飲み干しそうになって、思いだしたようにテイマーさんの口に持っていきました。テイマーさんの喉が微かに上下します。
空になった水筒をこちらに差し出したナイトさんが目を丸くしました。
「フィリーネ……さん? フィ、フィリーネさんがどうして」
「ぁい、みんなのアイドル、フィリーネですぅ……。ぐずっ。いろいろあって私しか動けるのがいなかったので。うっ、うぇ……。こ、この辺の敵について、グス。わかること教えてください」
「ちょ、泣かないで。泣きたいの俺たちだから。つ、強いよ。少なくとも俺はコイツと協力しても1匹やるのが限界だった。ウルフ種が群れてるんだ、帰り道を探すのは不可能だった。こっちに逃げられたのは奇跡で」
ローブの端っこで涙を拭きながら、うんうんと相槌を。
冒険者のランク差は実はかなり大きいです。ランクCナイトさんが倒せたのなら、普通のBランク冒険者にとって単体レベルはたいしたことないでしょう。
問題はウルフ種であるということと、私に3年のブランクがあるということ。いえね、冒険者のランクって半年おきの更改を受けないと下がる仕組みなんです。実力が伴わないのに古い登録証で高難度リクエストを受注されては大変ですから。
なので、私にBランクの実力があるのは確か。ただし、現場の勘を失っている。そこに統率のとれた群れで行動するウルフ種ですからね……数によっては厳しいです。が。
「オッケーです! 情報ありがとうございます。みんなのアイドルフィリーネにまかせてくださいっ」
鞄からスクロールを引っ張り出しました。ちょっと皺になってるけどたぶん大丈夫。それをナイトさんに差し出します。
「おふたりはそれで飛んでください。転移先は王都正門。無理をせずそこら辺の兵士にギルドへの連絡を依頼して、マスターの救助を待ってくださいね」
「フィリーネさんは? 一緒に戻るだろ?」
「それ二人用なんです。ほら急いでください、テイマーさん苦しそう」
ナイトさんが隣で横になるテイマーさんの様子を伺いました。青い顔をリスが必死でペタペタと触っています。呼吸も荒い。大怪我をしているようには見えないけど、傷口から悪いものが入った可能性は否定できませんね。
「す、すぐ応援呼んでやるから!」
「はい、お願いします」
応援がすぐ来るならひとりで来てないんですけどね。もう一度心配そうにこちらを見たナイトさんにニッコリ頷いてあげます。超アイドル。
ピリ、と音を立ててスクロールが破られました。