ギルドの美人受付は恋をしている⑧
トラップばかりのダンジョンは、シーフに過度なストレスを与えていました。私たちは彼のストレスがそこまで深刻なものだと気付いてあげられなかった。
私たちからすれば易しいダンジョン、でもシーフやヒーラーからしたら背伸びしたダンジョンでした。易しいと言っても、彼ら二人の力がなくてはちょっと厳しい。だってトラップ回避はシーフのお仕事のひとつ。彼がいなかったら私たちは全部の罠にハマってしまいます。
少しくらい罠にかかってもどうということはないのだとは伝えていました。いくらでも対応できるのだからと。でも彼は、パーティーの命運を自分が握っているのだと思ってしまった。
先行する彼の足が罠を踏みました。
それ自体はたいしたものではなくて、小型の虫系モンスターが十数匹湧き出てきただけです。ただシーフなのに罠を踏んでしまった、敵に囲まれてしまった。そんな意識が彼を追い詰め、パニックにしてしまいました。
彼は叫び声をあげながら来た道を走って行ってしまったのです。
冷たいことを言うようですが、そうなってしまった彼にシーフの適正はなかったのだ、ということになります。死と隣り合わせの冒険者にとっては、結果がすべて。
でも、自分のジョブについて見つめ直すのは帰ってからやればいいことです。格下の彼が単独行動して生きて出られるダンジョンではない。
重戦士が……そう、私たちのパーティーの盾役は重装の戦士でした。重戦士と剣士と魔術士である私と。攻撃型のパーティーだったんです。あの日、剣士は他のリクエストに向かっていて不参加だったけど。
重戦士は私にシーフを追うように言いました。虫系モンスターをやっつけたら追いかけるからと。
足の速いシーフを追うのは本当に大変だった。しかも自分と彼の双方に迫る敵を倒しながらですから、我ながらよくやったと思います。そしてやっと足を止めた彼は、壁に手をついた。
驚愕の声をあげながら、壁に飲み込まれるようにして姿を消したのを目撃して、私も驚きました。慌てて彼が元々いた場所へ向かい、壁を注意深く探ったんです。
トラップ、トラップと雑に言ってますけど、本来的な意味でのトラップは床にあることがほとんどです。壁に設置された罠は、レバーの形をしているなどわかりやすく人の興味を誘うようにできているのが普通。
では、探らないとわからないタイプのスイッチが何かと言うと、それは隠し通路に違いありません。
少しレアな宝物があるかもしれない……代わりに、ちょっと強いモンスターがいます。
スイッチを見つけて隠し通路へ飛び込んだ私が見たのは、シーフの頭、でした。目が合ったと思ったけど、彼の目は何も映してなかった。
出現した大型のモンスターをやっつけて、シーフの登録証を探しました。もうそれを持って帰ることしかできないから。
いくら私たちにとっては易しいと言っても、ソロで入るのは厳しいレベルのダンジョンです。隠し通路から元の道へ戻るのも苦労しました。敵はそこそこ強いし魔力は有限、しかも道もわからないのにトラップはたくさん。
何度か死を覚悟するような場面もありつつ、やっと重戦士とヒーラーに合流できたとき……そこは血の海でした。敵の死骸も山のようにあって、仲間の血がどれくらい流れたのか全然わかりませんでした。
ふたりの名前を何度も呼んで、ありったけの回復薬を頭からかけたと思います。でも、ふたりは動かなかった。
火力職がいない場合、数で攻められるときついんですよね。ヒーラーの魔力だって有限だし、いつ終わるともしれない攻勢に盾役を支え切れない。
重戦士はヒーラーを守るように彼女を壁と自分の背で挟んで息絶えていました。でもヒーラーは背中の傷が致命傷に見えたので……きっと前後から挟み撃ちにあったのでしょう。
私はふたりの登録証を探して、救助信号を発する笛を思いっきり吹きました。
魔物には聞こえづらい音域で鳴る笛です。代わりに、ダンジョン周辺に笛の意味がわかる冒険者がいないと意味がありません。
敵に見つからないことを祈りながら、何度も何度も笛を吹いて。ふたりの荷物を漁って水を飲んで。
私はどうしたら良かったのでしょう。逃げ出したシーフを見限るべきだった?