ギルドの美人受付は恋をしている⑦
砦の入り口にリスがいました。微かに感じる魔力は恐らくテイマーのもの。かなり薄いですが、まだ主従が成立している様子です。しゃがんで手を差し伸べると、リスは両手で私の人差し指を抱きかかえました。
ぐ、かわいい……。
いえ、今は愛でているような状況ではありません。現実逃避ダメ絶対。
「あなたのご主人は生きてるのね? もしこれ以上遠くに行けないのなら、そこそこ深部にいるってことよね」
術者と使役獣の間には離れられる物理的な距離に限界があります。これは技術や魔力量でどうにかなる問題ではありません。厳密にはそれらの影響を受けますが大きな差にならない、というのが正しいでしょうか。
「そして、やばい状況にあると」
使役獣をダンジョンの外に出しているのは、助けを求めているとしか考えられません。少なくとも、ダンジョン内の探索はしていない。ラビさんを待つ余裕は確実にありません。
大きく息を吸って、震える手を握って。よし、行きましょう。
「案内して」
リスは「チチッ」と鳴いてダンジョンへと入っていきます。
大丈夫。ここは低級ダンジョンだし、私はBランクです。
現役で活動していたときの記憶はあんまりないけれど、さっきだってちゃんとキャンプの準備できたし。できる、動ける、大丈夫。
コウモリ種やスライム種などの浅い階層にいるモンスターは無視です。彼我の力の差を感じ取って向こうから逃げて行きますから。
植物系モンスターも、逃亡に際して毒を吐き散らかしていきますけど最初の内は放置で大丈夫。たいして効きません。
……と、低級モンスターを無視しながら深部へと降りるうちに、最下層へ到達しました。
なんということでしょう。このダンジョン、弱いのしかいなかった。まあ仕方ないというか、考えてみれば当たり前ですよね、そういうものです。はい。
ほっとしたところで、さて問題です。ふたりはどこ?
リスは壁の向こうにむかって「チチチ」と鳴いています。
「そっちにいるの? もしかして、トラップ?」
トラップは文字通りダンジョンに出現する罠で、地形が変わったり姿を変えられたり毒や麻痺などの状態異常を付与されたりと、効果は様々。ただ、低級ダンジョンにトラップがあることは稀です。
やっぱり何かがおかしい。
リスのほうへと一歩踏み出した瞬間、私の胃が激しく収縮して目の前がチカチカと明滅しました。
私、知ってます。この状況、前にもあった。
トラップが多いことで有名なダンジョンでした。私たちは……私たち?
そう。私たちはランクが上がって、パーティーメンバーをその都度探すことに限界を感じてた。だから正式なメンバーを迎え入れようと考えていたんです。
中堅のシーフとヒーラーを仲間にするために育てようと、暇を見ては彼らを連れてダンジョンへ出かけた。そして何度目かの修行でそのトラップの多いダンジョンへ向かったんです。
小さな記憶の断片がポロポロと浮かび上がっては、虫食いだらけのあの日の出来事を埋めていきます。何か思い出すたびに胃が締め付けられて気持ち悪くなる。
でも行かなくちゃ、と一歩一歩前へ進みます。きっとどこかにトラップがあるはず。
リスのそばに来ても何もなく、どこにスイッチがあるのだろうと周囲を歩き回ってみました。何も起こりません。……そういえば、あのときシーフは壁に手をついたんだったかしら。
もしかしてと吐きそうになりながら壁を手当たり次第に叩きました。そのうち、手のひらに微かな異変が伝わって、石の擦れる音が。
リスが私の足からよじ登って胸元に掴まりました。この子も何かを察したみたい。
と同時に、私の立っていた場所が壁ごとくるりと回転しました。