ギルドの美人受付は恋をしている⑤
いつもより少しだけ静かな王都の街。酔っぱらった魔術士が放つ雷魔法は空を走らないし、短気な冒険者たちの喧嘩する声も聞こえません。
「デートみたいですね……ってちょっと! 離れないで!」
んもう、さすがに失礼しちゃいます!
ススっと2歩くらい距離をとったラビさんを睨み付けると、彼の視線が私の胸元に釘付けになってるのがわかりました。あらやだ、えっち。
「それ」
「え? あ、これ?」
ラビさんが指をさしたのは胸元のペンダントでした。
細いチェーンにぶら下がる小さなチャームを摘まんでみせます。
「これは……笛です。救助信号の。可愛い豚の形しててお気に入りで、お守りなんです」
「そうか。……猫、じゃないのか?」
「ねこ? ねこってあのニャーって鳴く猫のこと言ってます? やだー! どこから見ても豚ちゃんですってば。アハハハハ! ラビさんも冗談とか言うんですね」
すごい! いつもの300倍くらいお喋りしてます。しかもラビジョークまで!
これはもう結婚ですね、間違いない。
笑い過ぎたせいか、ちょっと拗ねたような表情になったラビさんが可愛くて。このまま家に連れ込むしかないなって思ったりもしたんですけど、さすがに乙女のやることではないので我慢です。
そうこうするうちに、私の家とラビさんの住むロヒア地区との分岐点へ到達しました。ラビさんは何も言わず私の自宅方向へと足を向けましたが、私はストップです。
「ここで大丈夫です」
「え、でも」
「ラビさんだって今日お戻りになったばかりで疲れてるでしょ。これでも冒険者の端くれ、自分の身くらい自分で守れますから。ありがとうございます」
笑って見せると、ラビさんは戸惑った様子。マスターに送れって言われたから迷ってるのかもしれないですね。それか、いじらしいフィリーネちゃんにキュンとしたのかも! 今の私、完全にイイ女でしたもんね、わかります。
ラビさんは迷った素振りを見せましたが、「じゃあ」と頷いて背を向けます。
えー。もう一往復くらい「でも」「いえいえ」のやり取りがあっても良かったと思いますけどー。まぁいっか。
「おやすみなさい」
聞こえないくらいの声でその背に呟いて、私も帰路につきます。疲労困憊ですからね、お風呂もサボってベッドに飛び込もうと思います、はい。
歩きながら見上げた空は薄曇り。星はあんまり見えません。
駆け出し冒険者の練習場、なくなっちゃいましたね。スタンピードが起きた以上、しばらくは高ランク帯の冒険者しか入れないでしょうから。
「あー、でももうひとつあったっけ」
ハザン宿舎旧館というスタンピードの起きたダンジョンから、川を挟んだ東側にアネアム関所跡があります。その名の通り、昔は関所だったそうです。20年くらい前に突然ダンジョン化したんだって先輩冒険者が言ってました。まぁダンジョン化なんて大体いつも突然なんですけど。
川を挟むせいで救助信号が届きづらくて、新米の練習場にするには不向きって言われてるんですけど、きっと今後はこっちが主流に……。え?
嫌な予感に足が止まりました。
待って。待ってください。さっき見た採集リクエスト、どこのダンジョンでしたっけ?
受注した冒険者……ナイトさんとテイマーさん、スタンピードの対応に参加してた? ねぇ、もしかしてハザンの魔素って定期的に爆発するんじゃないの……?
アネアム関所がダンジョン化したのは、ハザンの魔素のせいだったら? どこかでふたつのダンジョンが繋がってたら?
考えれば考えるほど、辻褄が合うような気がしてしまいます。気のせいだって思いたいのに。
居ても立っても居られなくなって、回れ右をしました。状況をギルドマスターに説明して、ナイトさんとテイマーさんの受注状況を照会して、それからそれから。
――もしものときは誰が救助に向かうの?
そんな素朴な疑問が、いえ、答えのわかりきっている問いが、走る私の足にまとわりつきます。冷や汗がじわっとわいてきて、やだもう気付かなかったことにして帰りたいのに。
泣いちゃいそうなのを我慢して、ギルドへ向かって走りました。