ギルドの美人受付は恋をしている④
開いた扉の角度は62度。反射的に両手で髪を撫でつけるうちに、彼の腰に佩びたシミターが入り口のテーブルに当たってカツンと音をさせました。
ムカムカしていた胃が大人しくなりました。私にとっての日常が戻って来たんです。
「お……おかえりなさい、ラビさん! 好きです!」
「ああ」
疲れた体に染み渡るラビさんの声! わしゃわしゃの髪の毛! 最高っですっ!
「今日は私しかいないので、達成受付もこちらで承ります。好きです」
「ああ、頼む」
「あと恋人募集中でしたら私が承り――」
「結構だ」
「はい」
報告用カウンターへ移動すると、ラビさんは空間拡張術式の付与された鞄から大きな角を取り出し、無造作に置きました。さすが推定レベル130相当のホーンオーガ。私の両腕が回りきるかどうかあやしいくらい太い角です。
冒険者には未開示のリクエスト詳細へ目を通し、その角が依頼者の求めるものであることを確認します。
「はい、依頼品に間違いありませんね。これにてリクエスト達成となります。さすがです、好き。報酬はお持ち帰りになりますか、ギルドでの積立金としますか?」
「積み立てといてくれ」
「私のことは」
「持ち帰らない」
「はい。他に不要な素材があればお買い取りいたします。私はラビさんを買い取りた――」
「あー、悪ぃなフィリーネ、疲れてんのに。ラビもお疲れさん」
突然現れて私とラビさんのラブラブトークを邪魔したのはギルドマスターです。邪悪! そのなけなしの髪抜いてやろうか!
「フィリーネ、あとは俺が見とくから帰っていいぞ。ありがとな。あ、ラビ、悪ぃんだけどフィリーネ送ってやってくれ。今夜は冒険者なんか誰もフラついてねぇだろうから、治安がちっとな」
おっしゃる通り、冒険者は夜通し飲み歩いたりする人も少なくないですが、それが暴漢や強盗の発生を抑制する側面があります。今日のように静かな夜は危険度が上がってしまうのです。
「……ああ、構わない」
っしゃー! ギルマス有能です! 天使! こんど育毛剤プレゼントします!
急いで更衣室へ向かうと、ラビさんとマスターがお喋りを始めました。普段はわからないけど、今夜はギルドに誰もいないから声が響くみたいです。
「何かあったのか? ここに誰もいないのは初めてだ」
「ハザン宿舎旧館あるだろ」
「すぐそこのダンジョンだな。駆け出しの練習場みたいなもんだろ」
そうです、練習場でした。
王都から近いハザン宿舎旧館は、新米冒険者たちがダンジョンを体験するのに最適でした。薄い魔素から生まれる低級モンスターばかりの、安心安全なダンジョンだった、のに。
「スタンピードだ。ハザンでスタンピードなんて50年ぶりだぜ」
「そうか」
ラビさんの声も心なしか沈んで聞こえました。
制服を脱ぐと、ポケットに差しっぱなしにしていたスクロールが落ちました。
受付の仕事を引き受けたときにこのロッカーに突っ込んだ、冒険者時代の装備一式の上に放り投げます。緊急時にはいつでも出られるように、とここに置いた装備。でもそんなのは言い訳で本当は……。
ワンピースを頭からかぶって、更衣室のドアを勢いよく開けます。
「おっ待たせしましたー。行きましょ行きましょラビさん!」
「ああ」
「気を付けて帰れよー」
ギルマスに見送られながらギルドを出ました。