ギルドの美人受付は恋をしている③
緊急リクエストというのは、その名の通り火急の依頼のこと。基本的にどれも面倒な依頼ですが、とにかく報酬が高い。あと、たくさんの冒険者が一斉に向かうようなものが多いので、お祭りみたいって言う人もいます。
とはいえ! 今回の緊急はやばかったです、本当にやばかった。
王都から最も近いダンジョンの深部で魔素濃度が上昇、魔物が大量に発生してスタンピードへ……という話でした。
フィールドモンスターは生殖活動によって個体を増やす魔物ですが、それは土地に適応した結果であって、彼らも元をたどればダンジョンの魔素から生まれています。そう、魔素は新たな生命を生み出すのです。と言っても研究は遅々として進んでいないようですが。
とにかく。魔物の集団が王都へ入り込んだら人的被害は甚大ですし、国の運営だって止まりかねません。
手の空いていた冒険者はもちろんのこと、仕事から戻って来たばかりの冒険者や、半引退して若手の指導を中心に生活しているような古参の冒険者まで駆り出して対応にあたりました。
スタンピードの対応は熾烈を極めたようで、私は当初こそ受付業務で大忙しだったのですが……。そのうち医療チームのお手伝いに奔走し、3日目からはさらに死亡者の確認業務も加わって。
彼女が運ばれてきたのは3日目のお昼頃でした。左手がなくなってた。
神の奇跡はほとんどの怪我を治してくれるけど、なくなったものは戻って来ません。腕とか、命とか。
「スクロール……失敗作だった?」
「違う違う、フィリーネちゃんの仕事はいつも通り完璧だったよ。せっかく作った隙を活用しきれなかったの。これだから万年Cランクなんだよね。でもよかったよ、これで田舎に帰る決心がついたっていうか。結婚しろって言われててさ」
治癒術士の彼女は力なく笑って、残った右手で鞄をごそごそと探りました。取り出したのは魔法スクロールです。
「報酬、悪いんだけどこっちに変更で。ラビさんのマグカップ掠める余裕なくなっちゃった」
「そんなの……っ」
「ずるい言い方かもしれないけど、あたし、冒険者のフィリーネちゃんに憧れてた。じゃね」
重い足取りの彼女の背を見送ってからスクロールを開きました。それは緊急避難のスクロールでした。あらかじめ指定した別の場所へ転移するというもので、治癒術士ならば危機的状況に陥ったとき逃走を図るのに使うのが常道でしょう。
私が書いたものではないので、どこかで購入したのかな。治癒術士なら大金をはたいてでも、持っておくべきものですからね。
でも結果として引退を余儀なくされたのだから、使うべきスクロールの判断をミスったのです。それが彼女の冒険者としての技量……と言ってしまえばそれまでですけど。
でも、彼女は逃げなかった。
握りしめて皺くちゃになってしまったスクロールを伸ばして、また仕事に戻ります。
最後まで対応にあたっていた冒険者たちが「リクエスト達成」の報告とともに大型の馬車で戻って来たときには、もう4日が経過していました。
いつもなら打ち上げだーと大騒ぎする皆さんですが、今回は体力の限界らしくお水だけ飲んでさっさと引き上げて行きます。
ただ疲労困憊なのはギルドスタッフも同じこと。元冒険者の私は他のスタッフに比べてちょっとだけ体力があるので、今夜はみんなを帰してひとりで留守番することにしました。動ける冒険者がいないのだからどうせ誰も来やしませんし。問題ありません。
「あれ、これ未達成だ……」
暇にまかせてリクエストの整理をしていると、完了した案件を入れておく箱に達成報告のない書類が混じっていることに気づきました。
大騒ぎだったこの数日の間で誰かが間違えたのでしょう。そっと未達のファイルへ戻しておきましょうか。
念のため冒険者ランクと案件ランクとに目を通します。未達リクエストの確認は事件や事故が起きていないかの目安になりますから。
受注日は6日前、達成期限まであと2週間。依頼内容はダンジョン素材の採集で、受注可能ランクはD以上。採集リクエストで最低ランクを除外するのは、場所がダンジョンなせいでしょうね。
対してこの依頼を受けたのは……ランクCナイトさんとランクDテイマーさん。パーティーでの申請です。うん、期限にも余裕ありますし、まだ着手してないのかな。問題なさそうですね。
大丈夫そうねと頷いて未達成のファイルへ挿し込んだところで、扉がギギィと開きました。