ギルドの美人受付を愛している②
やけに静かな王都の街を通り抜けてギルドに戻れば、そこにはフィリーネとマスターしかいなかった。どうやらスタンピードが起きたらしく、王都にいた冒険者はみんな駆り出されたのだとか。
夜の街を歩きながら、「デートみたい」と笑うフィリーネから逃げる。そういうの本当にやめてくれ、胃が痛くなるしそれに、我慢できなくなる。
距離をとった俺にぷりぷり怒るフィリーネの胸元には、見覚えのある猫がいた。
まだアダラードと3人で駆け回ってた頃に、俺がプレゼントした緊急用の笛だ。当時は魔道具作りを始めたばかりで、しっかり機能する魔道具としては最初の作品だった。道具屋に売られてる一般的な笛より少しだけ音が高くて、でもフィリーネはそれが可愛いと言ってくれたんだよな。
「可愛い豚の形しててお気に入りで、お守りなんです」
猫だが?
「やだー! どこから見ても豚ちゃんですってば」
はい、豚です。
そういえば当時も豚だって言ってたな。猫だっつってんだろって言ったのに。やっぱ豚か。まぁいいよ豚で。うん。
三叉路に差し掛かって右方向へ足を向けた俺に、フィリーネはここまででいいと言った。
彼女の住むウビム地区は治安もいいし、というかロヒア地区に住み続けたらいろいろ思い出すだろうからと、ウビムに引っ越させたのも俺だしな。俺が送るほうが治安悪ぃわな、わかる。俺は俺を止められる気がしない。正しい選択だ。
……豚もあるしな。
彼女と別れて家に戻り、風呂で汗を流す。
フィリーネはずっとあのままなんだろうか? それならそれでいいのかもしれないが。
王都を離れて旅に出ようと思ったこともあった。流浪の果てにいつかここへ戻ったとき、真面目な男と結婚して幸せな家庭でも築いてればいいと思っ……てない。そう思えなかったから、俺は今もこうしてグズグズとアイツのそばにいるんだよな。
はーくそくそ。
アイツは、あんな柔らかい口調じゃねぇんだよ本当は。俺に敬語なんか使わねぇし、チマチマした書類仕事とか苦手なんだ。いかにデカイ魔法をぶちかますかに快感をおぼえるタイプだし、金よりアイテムよりレアな魔法を覚えることのほうが優先だった。
俺とアダラードが正式なメンバーを入れたがったのは、アイツのためでもあったんだよな。その場限りの契約のヒーラーを相手に、魔法職用のアイテムぜんぶ譲っちまうんだもんよ……。
それがこんなことになるとはな。
風呂から出て酒でも飲むかとグラスに注いだところで、誰かが来る気配だ。足音も忍んでねぇし、ただの客だろう。適当に服を着て来客に備える。まさかマッパで迎えるわけにもいかねぇし。
昔フィリーネが「かわいい!」って買って来たクラーケン型のドアノッカーが叩かれた。ぜってぇ可愛くねぇのに。でもあれを可愛いつって騒ぐフィリーネは可愛かったから付けた。
今思えば、自分ちにつければよかったんじゃねぇの? なんでウチのドアに付けたんだアイツ……。
来客はメッセンジャーボーイだった。ボーイつかオッサンだったけど。
冒険者ギルドからの至急の用事ってだけで嫌な予感しかしなかったが、手紙の中身を読んで慌てて家を出る。
バカかアイツは! ダンジョンなんて吐きまくって行けなくなってたじゃねぇかよ! あーもう!
◇ ◇ ◇
アネアム関所跡に到着して、フィリーネが乗っていただろう馬を確認する。が、火はおこしてあるのに本人がいない。まさかダンジョンに入ってはいないだろう、周辺の探索でもしてるんだろう、そう思ったのに。まさかのほうだった。
普通のより少し高い救助依頼の笛の音が聞こえた。俺がフィリーネに作ってやった笛だ。あの日も鳴ってた。
嫌な汗が背中を伝う。
やめてくれ、あんな悲痛な顔はもう見たくねぇんだよ!
王都近郊ではハザン宿舎旧館の次に来訪者の多いアネアムは、ハザンと同様に魔素が薄く弱いモンスターしかいない。気配は感じるものの姿を見ることさえないまま最深部に到達した。
そこでさらに笛の音が響く。
「チッ、まだ下か」
隠し通路があるらしい。こんな低級ダンジョンで隠し通路とは御大層なことだ。
鞄から最近作ったばかりの魔道具を取り出した。これは俺の力作で、鈴の形をしたそれを鳴らせば、音が跳ね返るところだけ淡く光るようになっている。光りの弱い壁があればそれは、向こう側が空洞になってるってことだ。
問題は、モンスターが音に集まるってことだな! 最高難易度のダンジョンじゃ使いづれぇことこの上ない。いちばん使いたいとこなのに。
とはいえここならなんの問題にもならない。リンリンリンと音をさせながら、最下層を練り歩く。
「見つけた!」
通路を開けるためのスイッチを探すような余裕はないので、壁をぶち破る。アネアムごときが俺の邪魔をすんなっつーの!
スロープを滑り降りると、懐かしいフィリーネの魔力痕があった。ウルフ型モンスターの死体が至る所に散乱していて、彼女の足跡になっている。
ちゃんと生きてるし、ちゃんと戦えてるらしい。足跡を追っていると、目の前にウルフだったものが降って来た。
そのウルフの雨の後に見えたのは、拳を振り上げるオーガの背中だ。いっちょ前に防具を着込んだオーガ。アネアムのくせに。
「ラビ! 助けてラビ! 無理! 死ぬ!」
フィリーネが俺を呼んだ。俺が知ってるフィリーネの声だ。




