ギルドの美人受付を愛している①
俺が籍を置く冒険者ギルドには看板娘とも言える美人な受付嬢がいる。
彼女の名はフィリーネ・ユピ・クィン。年齢は内緒だと言ってるから内緒だ。緩い癖のあるブロンドで瞳は夕日のような赤みの強いトパーズ。物腰柔らかで、冒険者からは男女問わず人気だ。彼女に会う口実が欲しくて、リクエスト……つまり冒険者への依頼だな。それを受ける奴も少なくない。
かく言う俺もそのひとりではあるのだが。ただ、俺の場合は他の冒険者と少し事情が異なる。
「ラビさん好きです」
「ああ」
「デートしましょう、いつがいいですか?」
「忙しい」
この通り、俺はフィリーネから好意を持たれている。若手の冒険者はそれを疎ましく思っているらしい。俺がSランクだから喧嘩こそ吹っ掛けられたりはしないが、視線に内心の苦々しさが溢れている。
だが古参の冒険者は違う。俺がフィリーネから告白されるたびに、「元気出せよ」と肩を叩いていくんだ。それもそのはず、3年前、俺と彼女は結婚を約束する仲だったんだからな。
適当な案件を受注してギルドを出ると、ふいに呼び止められた。ギルドマスターだ。往来を眺めながら煙草を吸うのは彼の趣味らしい。
「アイツほんと酷だよな」
「実際、キツイな。好きな女によそよそしくされるのはこたえる」
「しかも周りの理解はねぇんだもんな。そんなセリフ若いのに聞かれてみろよ。夜道に毒矢が飛んでくるぜ、よそよそしいのはテメェだろってな」
勧められた煙草を断って飴を口に放り込む。煙草はフィリーネが嫌がるんだ。マスターがここで吸うのも、本当はフィリーネに追い出されるからだろうに。
「正々堂々やりに来ないのが妙にリアルだな」
「んで、次のリクエストはどこに?」
「リグタール廃鉱だ。まぁ、ついでだな」
「……リグタールっつーと、お前らの田舎もそっちだったか。あれからもう3年も経つんだもんなぁ」
マスターでさえリグタールが俺の故郷だって思い出すってのに、アイツときたら。
でかい溜め息をつくマスターに手を振って、俺は王都を発った。
◇ ◇ ◇
受注した廃鉱でのリクエストはさっさと片付けて、俺は地元に戻って来た。と言っても町には寄らず、少し離れた丘の上の墓地へと向かう。
ここリグタールは俺と悪友アダラードの生まれ故郷だ。一緒に冒険者を志して、同じ女に惚れて、そしてアダラードだけ死んだ。
ダンジョン内で死んだなら、冒険者にとってそれはもう自己責任だ。本人以外の誰も悪くない。……ってのは、生きてる奴が自分の罪悪感を軽くするために言ってるだけなんだって、アダラードが死んで悟ったよ。
あの日、俺はソロで高難度リクエストに出掛けてた。報酬が滅多に市場に出回らないレアアイテムだったから、どうしても欲しくてな。
その選択がアダラードを殺したんだと、フィリーネを壊したんだと、自分を責めない日はない。
平べったい石が立っているだけの飾り気のない墓にアダラードの名が刻まれている。その脇に彼が愛用した戦斧が深々と突き刺さっているが……ずいぶんと錆びついているな。3年も経てばこんなものか。
「よぉ、相棒。もうすぐ3年になるが……またアイツは連れて来れなかったよ、悪ぃな」
もちろん返事はない。
大柄でよく笑う奴だったのに、今じゃ名前だけの小さくてもの静かな奴になっちまった。
「俺のこともお前のことも、アタマの奥のほうに大事に仕舞ったまんまだわ。冒険にはもちろん出てないし、更新試験もBにランク落ちしたまんまだ。本来の実力なんか全然出せねぇだろうし当たり前だわな」
煙草に火をつけて墓に置く。
俺が選ばれた決定的な理由は煙草臭くないってとこじゃねぇかって前から思ってたけど、それは全員が死んでから答え合わせしよう。悔しいからな。
「冒険者やめてぇって言うなら一緒に引退するつもりでさ、魔道具作りもだいぶ上手くなったんだ。蓄えも十分にあるし、食うに困ることはないはずだしな。もしまだ続けてぇって言うなら、アイツがもう二度と仲間を失わないようにって、俺」
首から下げてさらに胸のポケットに突っ込んでいた登録証を取り出した。アダラードのアホにも見えるように墓の前に掲げて見せる。
「見ろよ、Sだぜ。俺たちがずっと憧れてたとこまで来たんだ。……でもさ、無理に思い出させるわけにいかねぇだろ。お前は元々Aランクで、3人でパーティー組んでて、それに俺の恋人だって、言えるかよ。あんなに、狂ったみたいに泣き叫んでたヤツにさ。なぁ……?」
来る途中で調達した小さな酒瓶を直に呷る。冷たい液体が喉から胃に流れ込んで、焼けるように熱くなった。
風が吹いて煙草の煙が俺を襲う。飲みたいのかよ? やらねぇよ。
「なのに、俺のこと『好き』だって言うんだぜ。顔が好きらしい。記憶なくしてから俺の顔なんざまともに見たことないくせにさ、その矛盾には気づいてねぇんだ。頭おかしくなりそ……。かといって、イチからやり直そうとしても逃げんだよな、たぶん頭のどっかで思い出したくねぇと思ってんだろうよ」
クソクソのクソだ、と悪態をつく。もうひとくち、と酒瓶を傾けたところで遠くの空がどんより暗いことに気づいた。あれは王都のほうか。嫌な感じだ。背中をぞわっと何かが這い上がる。くそが。
酒瓶を墓の前に置いて、王都へ戻ることにした。
「飲ませてやるから、次はアイツを連れて来れるように祈っといてくれ」




