ギルドの美人受付は恋をしている①
扉がギギィと開きました。その角度62度。腰に佩びたシミターが入り口のテーブルに当たるまで、3、2、1……。ギシリと床板を鳴らしながら5歩でリクエストボードへ。
今日のリクエストはそう多くないから、きっと3分ほどでこちらへ来るはずです。両手でぱぱっと髪を整えて、引き出しに忍ばせた手鏡で確認。ちょっとだけリップを引き直しました。
リクエストボードからここ、受付カウンターまで最短距離で12歩。1、2、3……。
目の前にギルド登録証とリクエストカードとが差し出されました。
癖のある黒髪は自由奔放に遊ばせすぎてお顔の半分以上が隠れています。着痩せするせいか筋肉も隠れてしまって、もし武器を持っていなかったら怖いお兄さんに囲まれてしまいそうな風貌。
でもでもお仕事中は邪魔になる髪の毛を後頭部でひとつに結ぶので、整い過ぎたご尊顔を拝むことができます。ミリ単位で整ったお顔なんです、本当に。
「頼む」
「好きです」
「ああ」
沈黙。はい、また流されました。
いつものことですからめげません。リクエストカードと登録証とを照合し、問題がないか確認します。
リクエストカードとは冒険者ギルドへ依頼したい内容および報酬を記載したもので、依頼者は公私の別なく、団体、個人など様々。依頼内容も失せ物探しからダンジョン探索まで多種多様です。
一方登録証とは冒険者協会が発行する身分証明書のこと。お名前や主な連絡先、それにジョブや冒険者ランクなどが記載されています。
このランクとは半年に1度、冒険者協会が主催する……ってそんな細かいことはいいですね。強いとか弱いとか、熟練者かどうかとか、そういったものを総合的に判定したランクがあるのです。
確認すると言っても登録証なんか見なくたって当然すべて把握してるんですけどね。
ラビ・キール・ブレアーズ、28歳。ロヒア地区北33番在住、剣士で冒険者ランクはS、国内で5人しかいない最高ランカーのひとりです。
「リクエストを確認します。リグタール廃鉱にてホーンオーガ推定レベル130の討伐、受注可能ランクはB以上。報酬30万ゴルグ、達成証明は角の提示ですのでお忘れなく。今度デートしましょう、いつがいいですか?」
「忙しい」
流されました。
「受注を許可します。リグタール廃鉱はちょっとだけ遠いのでしばらくお会いできませんね、4、5日でしょうか。寂しい。好きです」
「ああ」
やっぱり流されました。今日も告白失敗です。
受注票を発行して登録証と一緒にお渡ししていると、ラビさんの後ろに並ぶ他の冒険者さんたちが茶々を入れてきます。
「フィリーネちゃん! こんな朴念仁やめて俺にしときなよぉー」
「ばっか! お前の方がダメだろ、俺俺俺、俺ならぜったい幸せにしちゃう!」
「フィリーネ、この僕の誘い、今日こそ受けてくれるね?」
オッケーしたことなんて一度もないのに、みんな懲りずにこうやって告白してくれるんです。ふふ、私とラビさんの関係とおんなじでしょう? だから、ラビさんのこと悪く言えないですよね。
「ラビさんより強くてかっこよくなってから出直してね」
って言うと、俺の方がかっこいいぞーって喧嘩を始めるんですけどね。強さで勝とうとしないだけ、素直でよろしいかと思います。
……なんて! 意識が他にいってしまったこの瞬間に!
ラビさんはもういません。いっつもそうです! さすがと言うべきか、隙を見せたら終わりなのです。
「ああああん! しばらくお会いできない悲しい辛い死んじゃううううう!」
叫びました。
でもみんな「はいはいまたいつものね」って顔です。ほんとに辛いのに!
なんて言ってたら、今日のお仕事は終わりの時間が来ました。冒険者ギルドは交代制の24時間営業なので、夕方からの夜勤は男性スタッフです。
列に並んでいた冒険者さんたちからブーイングが。お気持ち、わかります! 応えられませんけど!
こんな日はね、さっさと帰りましょう。
明日はお休みですし。今夜は飲んだくれてやるんだ……。