一応礼を言う。誉めて遣わす。
彼が来てから、凶手に襲撃されても以前のようにギリギリの窮地に陥るといったことが減った。
いつ来るか? という予測は難しいが、どういう風に窮地に陥るかという状況を予め知れるのは、凶手を退ける上ではかなり有利に働いた。その状況を作らなければいいのだから。
暫くそうやって過ごして――――
わたし達は、少しばかり油断していたのかもしれない。
それは、深夜のこと。
寝入っているときに不穏な気配に目を覚ますと、枕元の低い位置から不審な黒い影がわたしの頭上へと刃物を振り下ろす瞬間だった。
「っ!?」
寝返りを打ち間一髪で避け、そのまま転がって寝台から落ちる。と、
「チッ……」
舌打ちの音に違和感。
転げ落ちたドタン! という物音に、
「姫様っ!?」
ばあやが寝室に入って来た。
「ナーガルージュナっ!? 賊がっ!!」
ドタドタと複数の足音。ランタンが照らす、小柄な黒尽くめの凶手の姿。
剣を構えたナーガルージュナが部屋へ入って来て、凶手はそれに応戦するような素振りを見せ、わたしへ向かって腕を振るった。
迫る艶消しの刃を避けようとした瞬間、
「お嬢様っ!! うっ、ぐっ!?」
温かいものに勢いよく抱き込まれた。次いで、ぬるりと腕を伝う鉄錆の匂いをさせる液体。
「だ、大丈夫……です、か? お嬢、様」
苦痛を堪えるような掠れた声。
「……っ、ああ。わたしは平気だ」
「よかった、です……」
ハァハァと荒く熱い吐息を洩らし、わたしから離れる温もり。
「あの、こんなこと言って……信じてもらえない、かもしれません。けど……あなたの、お姉様は、病気じゃない……です」
「っ!?」
途切れ途切れの言葉に、凶手が動揺する気配。
「毒を、盛られて……います。中毒性のある、悪い……薬? です。あなたを、暗殺者にして……使い続ける? ために。このままだと、あなたが仕事に出ているときに……お姉様は、男達に嬲り殺し……に、されます。逃げて、早くお医者様に……診せた方がいい、と思い……ます」
硬直する凶手。
「・・・ふむ。どうやら、心当たりがあるようだな? なれば、とっとと逃げ出すがよい」
「っ!? そんなこと、できたらとっくにしてるっ!!」
血を吐くような叫び声は、殊の外若い……いや、凶手にしては幼いと言っても過言ではない。女、または声変わり前の少年のように高い声。
まだ子供、か……
「そいつの占いはよく当たるぞ? お前。わたしの犬になるなら、お前の姉ごと引き受けてやってもいい。腕利きの薬師を手配してやる」
わたしの唆す声に、
「っ!?」
ハッと息を飲む音。
「姫様!」
ばあやが非難の声を上げるが、気にしない。
凶手とて、民だ。祖父殿や母が憂い、助けたいと願っていた我が国の民の一人。
それに、なにもわたしとて誰彼構わず助けようとは思わん。洗脳され、罪悪感や感情、自我すらも殆ど失せ、命令されるがままに誰でも殺すような輩に手を差し伸べはしない。
暗殺対象を殺すことに躊躇いを覚え、甘い覚悟で刃を振るい、避けられたことに安堵し、家族のことで悔しげに感情を揺らす。まだ間に合うであろう子供。わたしは、そんな子供に問うたのだ。
「なりません、姫様!」
「ばあやは口を挟むな。これの手当てでもしてろ。で、お前はどうしたい? 逃げるのであれば、今は追わん。すぐに消え失せろ。但し、見逃すのも手を差し伸べるのも、これ一度切りだ。二度目は無い。次に来れば、容赦無く殺す。そして、お前が死ねば自動的にお前の姉とやらも死ぬ。おそらく、悲惨な死に様になるだろうな。さあ、好きな方を選ぶがいい」
我ながら、性格の悪い問いだ。
か細い、救いを求めるような……縋るようなのに、どこか諦めの混じった震える声と視線。
「よかろう! ナーガルージュナ、指揮を執れ」
「全く、姫様はこれだから・・・」
やれやれと深い溜め息が落ちる。
「ああ、そうだ。助けてやるつもりではあるが、一応言っておく。お前の姉が治療不可能な程に手遅れであれば、相応の覚悟をしておくように。お前に恨まれようが、これは譲らん」
「!」
まだ、人間であるうちに殺してやるのも慈悲だ。
「では、顔を見せてもらうぞ」
そう顎をしゃくれば、ナーガルージュナが凶手の覆面を取り払う。
「やはり、まだ子供ではないか」
覆面の下から現れたのは、年端も行かぬ痩せこけた、不安そうな表情の子供。
「後で菓子でもやろう。その前に、お前の知る情報を吐いてもらうがな。噓偽りは無しだ。知らぬなら、知らぬと素直に言え。わからないこと、知らぬことだらけでも、別に責めはせん」
「ご、拷問っ……」
青ざめる子供。
「阿呆。時間が惜しいのに、そのように無駄なことはせん。拷問で吐かせた情報の信憑性は低いと、相場が決まっておろうが。拷問で吐かせるなら、じっくりと腰を据え、時間を掛けて情報の擦り合わせをせねばならん。短時間でも機会があれば拷問しようとする輩は、情報を求めているのではなく、嗜虐趣味を持つ者か、単に憂さ晴らしがしたいだけのクズだ。わたしはそれ程悪趣味ではない」
まあ、捕らえた者がどうなってもよいのであれば、短時間で情報を引き出す手段は幾らかあるが・・・子供相手に徒に恐怖を煽ることもあるまい。
子供をナーガルージュナに任せ、ばあやの方へと向き直る。
「さて、ばあや。傷の具合はどうだ?」
「急所は外れておりますし。腱や筋も、特に問題は無さそうですよ。安静にしていれば、早く治ります」
どことなく不満そうな口調。
「それは重畳だが・・・この、阿呆めっ!!」
「も、申し訳ありま……っ!?」
「あの程度の投擲、余裕で避けられたわ! ナーガルージュナに鍛えられたわたしの身体能力を甘く見るな!」
床に額づこうとした彼の顔面を片手で掴んで止め、
「あたっ!? い、だっ、い、痛いですお嬢様っ!」
ビシビシビシッ! と、その額をデコピンで連続して弾く。涙目になる薄い琥珀。
「無駄に怪我しおってからに。全く……だが、一応礼を言う。誉めて遣わす。確りと養生して、その傷治すがいい」
「は、へ?」
「なに間抜けな顔をしているか。お前は流した血の分、肉でも食って早く寝ろ」
そう言うと、
「ありがとうございます、お嬢様」
赤くなった額のへにょりした情けない顔が、ふわりと笑顔になった。
・・・なんだか、大型犬のような奴だ。
「では、任せるぞ。ばあや」
「はぁ・・・承りました。行きますよ」
と、ばあやが嫌そうに了承して彼を連れて下がった。
「さて、では行くとしよう」
読んでくださり、ありがとうございました。
庇ってもらってキュンじゃなくて、怒りながらデコピン。(笑)




