全ての難を避けられる程の便利な代物・・・
あれから――――殴られたあれは熱を出して寝込んでいるとのこと。
ばあや曰く、栄養失調気味で弱っているところを強く殴られ、本格的に体調を崩したのだろうとのこと。ナーガルージュナは、ばつの悪い顔をしてあれの面倒を甲斐甲斐しく看ているそうだ。
あれの名をまだ決め兼ねている間に、わたしの使用人として新しい奴隷を買って来たという体裁が整えられた。
わたしの離宮はよく不審な事故や凶手などの襲撃がある故、人が居付かないと専らの噂で、とうとう出自不明な奴隷を雇い出したと笑われているらしいが。
まあ、そんなことはどうでもいい。
一応、あれにも自分の身は自分で守れるよう、最低限の護身を仕込まなくてはいかんな。ナーガルージュナに言って鍛えさせようか。それとも、ひょろっこいからばあやに任せた方がいいだろうか?
そんなことを考えながら、二日後。ようやっと回復して起きられるようになった奴の話を聞く。
「あ、の……俺、話、上手くできなくて……」
そんな風にたどたどしく紡がれた言葉を要約すると、『悪いこと』や『怖いこと』を見ることがあるそうだ。それは自分や他人が死んだり、怪我や病に罹ったり、誰かに襲われたり、財産を失ったりなどなど。酷い事故や災害などを見ることもしばしば。
但し、その『見えたこと』がいつ、どこで起きることなのかは不明。一番早いときで、数秒後に起こったことがある。遅いと、子供の頃に見えたことが未だ起きてはいない(何年前に見たことなのか、正確な日付けは不明)とのこと。
そして、寝ているときに見た『悪いこと』よりも、起きているときにいきなり見える『悪いこと』の方が起きる確率が高い気がするらしい。
更には、『悪いこと』を誰かに告げ、その告げられた相手が回避するような行動を取ることで、『悪いこと』が変わることがある、と。
これは、起こるやもしれぬ『悪いこと』が起こらなくなる、ということか。それとも、それとよく似た『悪いこと』が後からやって来るのか・・・
「あ、その、わかりません……ごめん、なさい……」
どうやら、考えていたことが口に出ていたようだ。
「ああ、いい。気にするな。考察だけでも、十分に楽しいものだ」
非常に興味深い。
そして、どうやらここへ来たときにぷるぷると震えていたのは、沢山の『悪いこと』や『怖いこと』が見えて、それを怖がっていた故に、とのこと。
まあ、さもありなんと言ったところか。
ここは王宮。そしてわたしは、現国王である異母兄、そして兄の母とその実家などにも疎まれている。政治的にも、わたしを排除したい輩は履いて捨てる程にいるだろうからな。
わたしが怖がられていたワケではなくて、少し安心した。わたしとてうら若き乙女。顔を見るなり怯えられる程の面相だと言われれば、多少は傷付く。
「ところで、お前」
「は、はい、なんでしょうか? お嬢様」
「自分が殴られることや、その後体調を崩すことは見えなかったのか?」
「えっと、はい……その、死ぬ程の怪我や病気。手足が無くなるくらいの酷いこと……じゃないと、あんまり、自分のことは……わからない、です」
「そうか」
ふむ。さすがに、全ての難を避けられる程の便利な代物・・・とは言えぬか。
手足が無くなる程の怪我や死ぬ程の怪我、か。指を失ったり、軽度の後遺症が残る程度の怪我では、予見はできぬやもしれんな。
試す気にはなれんが。
それから半月が経ったが、今のところわたしの離宮に毒蛇が出たという報告はない。
そして、毒蜂は難しいやもしれんが、毒蜘蛛や毒蛇の対策にと猫を飼うことにした。
最初は毒蛇や毒虫を好んで食らう孔雀でも飼おうとも思ったのだが、あの鳥は牡の見目が良いが、かなり気性が荒くて調教も難しい。その上、強靭な脚で蹴られると骨折したり、鋭い爪で引っ掻かれて失血死するという事故も多い為、あまりペットには向かぬとのこと。
毒蛇対策として狂暴な鳥を飼い、大怪我を負うというのも本末転倒。
猫は鼠だけでなく小蛇も獲り(大蛇には丸呑みにされそうではあるが)、狩りの練習やオモチャにして遊ぶ故、猫にしたのだが・・・
「これはどういうことなのだ?」
爪を出し、するりと歩を進める猫に、困った顔をしてじりじりと後退る少年。
「どうやら、弱い者として猫に舐められ、甚振られているようですね。情けないこと」
やれやれと言った顔をするばあや。
「……助けてやれ」
「わかりました」
ナーガルージュナが動くと、猫はサッと怯えたように逃げて行った。
「お前、なぜ猫にされるがままにしている?」
「えっと、猫はご主人様のペットで、奴隷の俺よりも立場が上、ですから……」
「猫が人より上な筈はなかろう。以前のお前がいた場所ではそう言い聞かされていたのやもしれぬが、ここでは奴隷だろうと、人間の方が猫より上だ。猫を邪険にしたくらいで、お前を罰するような者はいない。だから、あまり舐められないようにしろ。よいな?」
呆れたようなナーガルージュナ。まあ、同意だ。
「えっと……む、難しい、です」
「まあ、追々慣れていけばよかろう。だが、そうだな。あまり情を掛けてやるな」
愛で過ぎると、別れがつらくなる。
「猫ではなく、自分を優先なさい。逃げたり怯んだりしなければ、そのうちあなたを襲うのをやめるでしょう」
「? わかり、ました」
わたしとばあやの言葉に、きょとんとしながらも頷く少年。
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