ああ、今宵は月の無い夜か。
まず、不審な動きをしたのは・・・やはりというべきか。
兄王の付けてくれた護衛だった。
先導されたルートが、野盗の多いことで有名な街道だった。
案の定の襲撃。これを、撃退する……振りの乱戦を利用した、暗殺か。
無論、仕掛けて来た者はあっさりとナーガルージュナの手下達が鎮圧。野盗は、兄王の兵達にその場で即口封じをされたという。
次は姫への食事に、これまでよりも強い毒物が使用されるようになった。
まあ、人形の姫は飲み食いしないので、効果は無し。ただ、ばあやがイイ笑顔で怒っていたそうだ。
兄王達の付けてくれた侍女や料理人達に少量ずつ摂取させるのだと笑っていたのだとか。先に向こうが毒を盛ったとは言え、あまりやり過ぎなければいいのだが・・・
と、本物であるわたしは後方でのんびりと、上がって来る事後報告に苦笑していた。
毒物の影響か、兄王側の体力の無い者達が次々と脱落して行く。その彼らが不穏な動きをしないか監視する為、我が陣営も少人数ずつ脱落する振りをして隊を離れ、後から合流する手筈となっている。
そうやって少しずつ兄王側の人間が減るのに、わたし達が然程崩れないせいか――――
「お、お嬢様……」
不安げな顔に、潜めた声。
「……夜襲が、あります」
緊張した面持ちでシャンカラが言った。
どうやら、あちら側は夜討ちをすることにしたらしい。焦れたか。
今回の夜襲で狙われるのは主にナーガルージュナの手下の者達だそうだ。
襲撃や毒殺が上手く行かないからと、邪魔者の排除に乗り出すことにしたようだ。そして今回は、わたしとシャンカラも『王妹カルラの手の者』ということで襲撃の対象に入っているのだとか。
兄王の用意した護衛の中に紛れた凶手がわたし達を狙う、な?
「どうか、お気を付けください」
「うむ。よく報せてくれた。礼を言う」
「いえ、俺は、こんなことでしか役に立たないですから」
連中がこちらの各個撃破を狙うか、まとめて襲撃という手段を取るかで対処方が変わるな。
両パターンを想定し、ナーガルージュナとばあや達へ報せるよう手配した。
一応、連中の狙いはナーガルージュナの手下達とは言え、ばあや達が狙われる可能性も低くはない。『王妹カルラの護衛』が対象であるという意味ならば、ばあやはわたしが生まれたときからの護衛だと言える。
年が年だけにあまり動かないでほしくもあるが、あれでいて若い頃のばあやは元武闘派。曾祖父殿の護衛だった曾祖母殿に鍛えられたと聞く。
元々は後宮入りする母の為、暗殺対策としての護衛兼、侍女。暗殺を防ぐなら、暗殺手段に精通するのが一番。年を経たとは言え、並みの男に後れは取らぬであろうが……そんなに若くはないのだから、あまり無理はしてほしくない。
まあ、直接年のことを言うと・・・それこそ『鬼ババア』の形相になるので口には出さないが。
それは兎も角、ばあやとマニーシャは凶手相手に自衛できるとして、カリーナの方は少々心配ではある。それと、シャンカラも。
コイツは先が見えるにしても、それは誰ぞが酷い状況へ陥る、命の危機に瀕するなどの状況などだけ。然程酷い状況や状態まで行かないことについては、見えないものらしい。
多少の怪我や病については、各自で気を付けるより他ない。
わたしからすればありがたい能力ではあるが、シャンカラ自身の任意で使える能力というワケでもない上、突然見えることも多く、いつ、どこで起こるのかは不明。
事が起こる時期についても、早いと数秒後。遅いと年単位という時間の幅があり、本人的な使い勝手はそんなに良くはなさそうだ。
「そう卑下することはない。お前は、十分わたし達の役に立っているさ」
「そう、ですか……?」
照れたようにはにかむ顔へ笑みを返す。
シャンカラのお陰で、彼と出逢ってからわたし達が幾度命拾いしたことか。
「では、わたしは隊長に菓子でも強請りに行って来るとしよう」
「お菓子が食べたいなら、俺も持ってますよ?」
「ふっ、それは自分で食え。菓子を強請りがてらに少々雑談を、な?」
「行ってらっしゃいませ」
「ああ、すぐに戻るから大丈夫だとは思うが、一応不自然に見えぬよう警戒しておくように」
「はい」
と、ナーガルージュナへ報せるよう手配。
さてさて、夜襲はいつ起こることやら?
日の出ている日中は歩かねばならんからな。
なるべく、早いうちに夜襲を仕掛けてほしいものだ。
三日程なら徹夜で動くこともできるが・・・寝不足は肌に良くないからな。
なんて、思っていたのだが――――
まさか、即行仕掛けて来るとは思わなんだ。
深夜。見張り番を兄王側の兵士達だけにしてみたところ、あっさりと罠に掛かった。
通常は絶やされることの無い筈の火が落とされ、辺りは暗闇に包まれている。
静かに張り詰めた空気。
ああ、今宵は月の無い夜か。天幕の中は、濃い影が落ちている。
まあ、夜討ちには持って来いの夜だろう。
但し、夜襲がバレていなければ、だがな?
夜陰に紛れ、動く影。
微かな物音や衣擦れの音が聴こえ――――息を潜めていた者達が、一斉に動き出す。
ガチャガチャと動く気配、低く呻くような声がして・・・やがて、音が止んだ。
しん、とした静寂の後。
「片付きました」
と、天幕の外から低く押し殺した声がした。
「ご苦労」
そう返すか返さないかの間に、スッと天幕の前から気配が消え去る。
アレは以前の拾い者達か。
我が陣営の損害はゼロ。夜襲を、何事も無く収束させられたのは重畳と言える。
しかし・・・ナーガルージュナの伝言通りなのは、少々面白くない。
曰く、『舞姫の出番は我らでは対処不能の、真の危機に陥った場合のみ。呉々も、姫様は大人しくしているように。武器を持って参戦などは、致しませんように』と、そんな伝言だった。ナーガルージュナめ。
まあ、何事も無く解決したから善しとしよう。
そして、王妹カルラの衛兵部隊を狙った賊は……兄王の派遣してくれた本物の兵を殺し、なり変わっていた凶手であった。ということになった。
始めから凶手とグルであったであろう指揮官は、王妹カルラの兵が乱心した、という風に話を持って行きたかったであろうが――――
『国王直々に選んで頂いた兵士の中に凶手が紛れ込むなど恐ろしきこと。指揮官であるあなたがそのことにも気付かれぬとは、無能を露呈しているようなものではありませぬか。そなたの馘が繋がることを、そして貴殿が凶手になり変わられぬよう、祈っております』と、ナーガルージュナがイヤミと口撃と脅しを交えて撃退したそうな。
まあ、実際に。向かって来る敵の首を物理的に飛ばすことは容易い。人事の更迭も、王妹カルラが「気に食わぬ」と言っている、と。一言無理を通せばできはするのだ。
ただ、その後の兄王やら政敵とのやり取りがひたすら面倒なだけだ。最初から凶手と判っていようが、兄王が派遣し、兵士として遇された者を公式に殺すなら殺すで、その理由に正当性が必要不可欠となる。
正当な理由も無く、兄王の兵を殺したと思われれば、謀叛とされるだろう。
やらぬだけで、殺せないことはないのだ。なので、あまり調子に乗らせぬよう、脅しに留めるのは正解と言える。
まあ、なんだ。皆が優秀で・・・わたしの出番が無い。剣も準備していたのだが。
別に、いじけてなどはないがな!
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