お嬢様は皆さんに好かれていますね。
餓えと渇きを、国が乗り切った。
しかし、それが――――
「さすが、賢王女」「王女様が我らを救ってくれた」「あの方が旱魃の備えをしてくれたから助かった」「やはり、国王に相応しいのは……」
以前よりもそういった声が囁かれるようになり、兄王の不興を買った。
「お前は、旱魃のことを知っていたのではないかっ? 自分の領地だけで備え、国を……民衆を味方に付け、俺に恩を売ったつもりかっ!? 浅ましい! 女が王になどなれる筈がないだろ!」
呼び付けるなり激昂した兄王には、なにを言っても無駄だった。
自然災害には、ある程度のサイクルがある。数年から数十年程の誤差はあるものの、百年に一度、千年に一度などの周期で、なにかしらの災害は起こるもの。
為政者なれば、そのような災害は起こらぬとタカを括り、なにもしないなどあり得ぬ。なにも無くとも、どんなに馬鹿馬鹿しいと思われようが、なにかしらの備えはしておくべきだ。
わたしとて、伝わらないとは思いつつも暦博士達から王侯貴族達へ旱と渇水が起こるやもしれんと忠告はさせた。しかし、それを聞く者は少なかった。
わたしや祖父殿、その縁者が旱対策をしているのを笑っていたではないか。
更には、今回の渇水からの旱魃は、国内の食料や飲料水に大打撃を与えた。
国庫の備えも、王侯貴族や富裕層にのみ優先的に解放し、平民層と奴隷階級には厳しい食料制限を課していたと聞く。
わたしや祖父殿縁の地以外では、水や食料の行き渡らなかった平民層や奴隷階級に少なくない被害が出たと聞く。
被害の多く出た地の下層階級者が、王候貴族へ不満を持つのは当然のことだろうに。
それらをわたしのせいにされても困る。
・・・と、言えればよかったのだがな?
何度申請しても叶わなかった、領地へ引っ込ませてくれという願いを、兄王は漸く叶えてくれる気になったらしい。
まあ、あれだが。
『渇水対策の腕を見込んで新しい土地を開墾せよ』との名目で、今までの私領を没収の上、荒れた土地を押し付けられたのだが。
おまけに、さっさと出て行けとばかりに出立の日程から新たな領地までのルートも組まれてしまった。護衛まで付けてくれるという至れり尽くせり。
今まで、なんだかんだと理由を付けてわたしを王宮に留め置いていたのは、父王譲りの小心さ故のこと。わたしを手許に置いて、動向の把握をしていたのだろうが・・・
わたしを支持し始める声が予想外に上がって来たことで、動向把握するよりも遠避けることを選んだ・・・というよりも、とうとう本格的にわたしの排除へと舵を切ったか。
父王よりも狭量且つ、肝の小ささ故の猜疑心の強さが、見事悪い方へ作用している。
ほんに困ったことだ。
まずは祖父殿やわたしと繋がりのある者達へと、兄王のことを忠告。
そして、新しい領地へと連れて行く者、荷物の選別をせねばならんな。
組まれた日程と、領地までのルート。最中には必ず事故や正体不明の襲撃があることだろう。わざわざ付けてくれるという護衛にも、厳重に警戒せねばならん。
面倒が山積みだ。
暇を願う者には、相応の金子と紹介状を。
急いで取り掛からねば。
ばあやとナーガルージュナへと、兄王からの『下命』を伝える。
勅令と言っても過言ではない故、王妹のわたしに拒否権は無い。既に出立の日と旅程が組まれており、尚且つ護衛まで付けてくれることも。
「人員、そして荷物の整理、水と食料の準備に急ぎ取り掛かれ。過酷な旅路になろう。身体が丈夫でない者、少しでも体力に不安のある者、自らの身を守れぬ者は一切連れていかん。また、暇請いの希望者には相応の金子と働き口の紹介状を用意せよ」
「……御意に」
「姫様の、仰せのままに」
悔しげな顔で部屋を出て行く二人。
年の話をすると多少の殺気を放つばあやも、そしてばあやより年下ではあるがナーガルージュナも、老齢と言える年齢。
ばあやのことは祖父殿に頼むとして。ナーガルージュナは……まあ、老齢に差し掛かっているとは言え、元将軍。選り好みせねばどこでも生きて行けよう。
兄王への忠告を認め、文にして祖父殿やわたしに好意的だった者達へ。
一応、中身を改められても困らぬよう、直接的な文章にはしていない。まあ、『新たな土地を開墾せよ』との下命を受け、その土地へ移住するとは書いた故、受けてが余程鈍くても、ある程度は伝わろう。
持って行く物、捨てる物、換金する物とを決め、武器と防具、医薬品などの手入れをせねば。
不要な物は売り、使用人への退職金として持たせ、残りは貴金属類へ換える。
毒蛇対策にと飼っていたあの猫にも、新しい貰い手を見付けねば。
あれこれと考えながら、手配を進めて――――
出発の前日。
「ばあや、ナーガルージュナ」
「はい、姫様」
「長年ご苦労であった。暇をやる」
「聞けません!」
即座に拒否するナーガルージュナ。
「まあ! いやですわ、姫様。なんて面白い冗談を仰るのでしょう!」
ばあやのにっこりとした、けれど鋭い視線がわたしを見据える。
「そこの老いぼれは兎も角、幾ら王妹という身分であれど、わたくしはカルラの大叔母です。身内に暇請いなど無用。無論、保護者として同行します」
ここで血縁だと通すか・・・
「なっ、誰が老いぼれかっ!? わしは乳母殿より若いぞ! それに、そこらのひよっこ共よりわしの方がよっぽど動けますわ! 第一、わしは前王陛下より直々に姫様の護衛を言い遣っております故、幾ら姫様とてわしを馘にはできませぬぞ。どうしてもわしを辞めさせたくば、死ねとご命じくだされ!」
びりびりとした殺気すら漂う、真剣な言葉。
「・・・年寄の冷やみじゅっ」
返そうとした返事が、ぎゅむっとシワの浮く手に頬を抓られて遮られた。
「らりをふゆ!」
「誰が年寄ですって?」
「ふぁふぁあめ」
ぎりっと強く抓られ、手が離される。
「痛いではないか」
「誰がババアですかっ!? 全くもうっ、これは確りと言葉遣いを教え直さなければいけませんね! なにを笑っているんですか、ナーガルージュナ!」
「おお怖い、これでは姫様が鬼ババアと呼ぶのも道理だな。ハハハハっ」
「ナーガルージュナっ!?」
ピシャリとした声。そして、
「姫様? 誰が鬼ババアですって?」
鬼……ばあやがこちらを向いた。
「鬼とは言っていない。しかも、さっきはばあやと言っただけだ。ババアと聞き間違えたのは、ばあやの方だ」
ぷいと顔を逸らして言う。
「・・・まあ、宜しいでしょう。わたくしは、姫様個人へと終生の忠誠を誓っております。故に、姫様のお傍を離れるときは、この命尽きるときと決めています」
「うむ。同道の許可を頂けますな? 姫」
「・・・勝手にしろ。死ぬのは許さん」
「御意に」
「確約はでき兼ねますが、努力は致しますわ」
と、ばあやとナーガルージュナを置いて行くことに失敗。
そして、カリーナとマニーシャの二人も置いて行くことに失敗・・・した挙げ句、道中はカリーナをわたしの影武者として扱うのだという。
一応、カリーナは暗殺者としての訓練を受けてはいたが・・・
「そういうことに子供を使うのは好かん。あと、明確に丈が足りんと思う」
「大丈夫です、お嬢様! あたし、ちゃんと役に立てるから!」
わたしよりも低い位置できらきらした顔が見上げる。
「カリーナ。もっと丁寧に話しなさい」
「はいっ」
「それに、黙って輿に揺られていれば、案外判りませんよ」
「ええ。輿には日除けの布も掛かりますし、顔もヴェールで隠すというので、カリーナでもお嬢様の身代わりは勤まると思います」
と、妹を影武者にするという計画に同意するマニーシャ。ばあやの洗脳が効いているようだ。
「それより、お嬢様。シャンカラさんはどうなさるおつもりですか?」
「無論、連れて行きますとも」
「ばあや。本人の意志を無視するな」
「あら、シャンカラは姫様の奴隷ですよ。財産は持って行くに決まっています」
「うむ。まだまだ覚束ないところはありますが、最低限の護身は仕込みましたからな」
「ナーガルージュナまでなにを言う」
思わず顔を顰めると、
「にーちゃんに直接聞いた方がいいんじゃない? です、か?」
ばあやに睨まれ、語尾を丁寧にするカリーナ。
「あたし、にーちゃん呼んで来る!」
と、カリーナに引っ張られながらシャンカラがやって来た。
「えっと、どうしましたか? お嬢様」
「ああ、お前はどうするのかと思ってな。無理にわたしに付き合うことは」
「いっ、行きますっ!?」
まだ途中だった言葉が遮られ、食い気味の返事。
「あ、あの、俺、絶対役に立ちますから! 置いて行かないでくださいお嬢様!」
真剣な色の薄い琥珀。
「全く・・・物好きな連中め。好きにしろ」
と、結局は置いて行こうと思っていた者達が付いて行くことに。更には、足手まといだと自覚して残ると言っていた者達も、後から遅れて付いて行くのだという。
「お嬢様は皆さんに好かれていますね」
にこりと無邪気に微笑まれ、少し困った。
✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰
読んでくださり、ありがとうございました。




