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広場

翌日。変わらず見舞いに行ったトテに、お嬢様は優しかった。

「お前は使用人でしょ、私と同じ部屋で眠るなんて許されない事よ」

そう柔らかい雰囲気で告げられて、確かにそうかもしれない、とトテは反省した。


「お前は、私が公爵家令嬢だという事を忘れてしまっているのではなくて?」

「忘れては、ないですけど」

お嬢様はいつだってお嬢様なのだから。


「お前はいつまでも変わらず心配な子ねぇ」

とお嬢様はやはり優しい雰囲気のままだった。美しく残った瞳でじっとトテを見つめる。


「お前、私の言いつけを守れるのかしら。私がいなくても、ちゃんと過ごしなさい。私が呼んだらすぐ来れるように元気でいるのよ。分かっているの?」

「はい。元気です」

それはトテの誇れる点だ。


「私はだあれ? 言ってみなさい」

「お嬢様です」

「違うでしょう」

優しい雰囲気だったのに、お嬢様は眉を潜めた。

「私は、リリアン=フーリ。公爵家令嬢。唯一無二の優れた者。王族に最もふさわしい者」

「はい」


お嬢様が王子様の婚約者ではなくなったことは、トテは使用人たちの噂話で知っていた。

だけど、本心から思ったので、トテは追従した。

「その通りです、お嬢様」


嬉しそうにお嬢様は笑った。


「ねぇ。明日、私、外に出るの」

「え。そうなのですか」

「そうよ。だから明日は、ここではなく、広場にいきなさい。私はきっと目立つ場所にいるわ。私を誰だかちゃんと思い出して理解しながら、私を讃えながら、広場にいなさい」

「朝からですか」

「時間は分からない」

お嬢様は呟くように言った。

「だから、そうね、お弁当でも作ってもらって、広場にいなさい。私が行くまで」

「はい」

トテはしっかり頷いた。お弁当も作ってもらわなくてはならない。


「良いこと。約束よ。絶対にお前は広場にいて、私を見つめていなくてはならない」

「呼びますか?」

「お前の名前? 呼ばない。お前も明日は声をあげないで。ちゃんと、私が見つけられる場所で待っているのよ」

「はい」

「頼んだわよ。お前がいるから、私は、私なのよ」

とお嬢様が笑った。

少し泣きそうな様子を、トテは不安に思った。


***


トテは屋敷に戻り、奥様への報告係である使用人にお嬢様の様子ややりとりを伝えた。

トテの報告を聞いていた使用人たちの顔つきが変わった。恐ろし気になったのだ。

それぞれが動き出す中、トテは予定通り、明日のお弁当を頼みに料理人たちの元に行った。


料理人たちは無言になり動きを止めた。泣きだすものまで現れた。

トテは明日のお弁当の事が心配になった。お嬢様との約束が守れるかどうかに関わると思ったからだ。

でも、お弁当が無かった場合は、パンだけでも持って行けばいいのだ、と思いついたので、ひとまず胸をなでおろした。


その日は、トテの元を何人もの使用人が訪れた。

トテの口からお嬢様の様子や言葉を聞きたがった。

何人もが、自分も一緒に行く、一緒に行こう、と言ったので、トテは分かった、と答えた。

広場まで行く馬車を用意して貰えることになった。


奥様が急に屋敷に残る使用人全てを呼び出した。話があると言って。

「力を貸して欲しいの」

奥様は泣いた。

皆反省してくれないから、こんなことになってしまったのだ、と奥様は嘆いていた。

トテには話が良く分からなかった。

お嬢様たちのことを助けたいと言いながら、本当に助けたいのか良く分からなかった。


***


朝が来た。

トテは使用人の一人に起こされた。

いつもより早い時間だ。やっと夜が白み始めたぐらいの。

動きの緩慢になるトテを皆が急かした。

皆が、色々言うので、いつもより厚着になった。

料理人の方からやってきて、トテに弁当を手渡してくれた。他の使用人の分もあった。

そしてその料理人も同乗するという。

トテの知るだけで8人になったが、外に出てみれば、馬車だけであと3台用意してあった。


まだ朝と呼べる時間帯に、広場について驚いた。

人が集まり始めていた。

広場の中央にある壇上に、見たことが無いものが持ち込まれてくるところだった。

お嬢様の姿を探したが、まだ来ていないようだった。


トテたちは場所を探して、広場の中央からほどよい距離だろう、と他の使用人たちが相談して判断した、木の植わっていて少し他より高くなっている場所にて待つ事にした。きっとお嬢様もトテを見つけやすいだろう。


見守るうちに大きな道具のようなものの置き場所が決まり、ゆっくりロープが引かれ、大きな枠組みの下から日の光を受けて大きな刃が現れた。枠組みの一番上にまで引き上げられて、そこで止められる。

「ギロチンだな」

と使用人のうちの一人が呟いた。

女性の一人が泣き始めた。

「大丈夫だ」

と男性が呟いた。

「大丈夫だ、きっとうまくいくさ」


周囲で同じように声が上がるので、トテはあれが処刑のための道具なのだと理解した。

とはいえ状況は理解しなかった。

トテの中で、お嬢様と結びつかないものだった。


人がどんどん集まってくる。

急激に増えていく。

まだお昼前だ。

中央、壇上に人がゾロゾロと現れた。


何かが始まるとトテは思った。

歩いている人の中に、お嬢様を見つけた。

「お嬢様だ!」

と声を上げたところを、周りにいた使用人の一人に口をふさがれた。

「しっ!」

「黙っていなさいと、言われたのでしょう」

小さく他の人にも叱られた。

その通りだったので、トテは頷いて、

「ごめんなさい」

と謝った。

「旦那様も」

と他の使用人は呟いた。

「イヘイム様はおられない。別か?」

と他の使用人が言った。


「ここにいるのは!」

集まった人たちを前に、壇上、立派な服を来た人が大きな声で書面を読み上げ始めた。

旦那様の名前が、そしてお嬢様の名前が聞き取れた。

ワアッ、と広場の向こうから急に声が上がった。騒がしくなった。

けれど広場の中央はあまり気にしないのか変わらずで、むしろ言葉が早くなった。

「処刑する!」


旦那様が引きずられて前に来た。

「見るな!」

と使用人の声がしてトテは目を塞がれた。

急なことに驚いたが、むこうは大人の男で外せない。

「あれはお嬢様じゃないから見る必要ないだろう!」

と言われたので、トテはその通りだと大人しくなった。


トテは旦那様の声をきちんと聞いたことがない。大声で叫ぼうとして失敗しているのが旦那様なのだろうか。

それよりも、向こうの騒ぎが続いているのも気にかかる。でも少し遠くに移動している? それは目を塞がれているからそう聞こえる? 分からない。


ワァア、と大勢の悲鳴のような歓声のような、色んな声が混じった音が急に起こった。

トテは急に恐ろしくなった。


だけど、見ないままで良いのだろうか。

トテは自分を目隠しする手に手をかけて、周囲の騒がしさに負けまいと声を張った。

「お嬢様を見る!」

手が急に外れた。

目を開けると、人ごみばかりだった。手を天に突き出し騒ぐ人たちがたくさん。前がよく見えない。


「あっち、お嬢様はあっちだった」

別の使用人が声を震わせながら、トテの身体の向きを変えた。

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