月日が流れ
月日が流れた。
何度かめのお嬢様の一時帰宅中。
トテが呼ばれてお嬢様のところに着くと、お嬢様しかいなかった。
トテは、学院にもお嬢様につくほどのカルティたちの姿を探したが、見当たらない。
「お前は、他の者からすぐにヒントをもらうから人払いをしたの」
と、実は怒っているのか少し怖い雰囲気を醸し出すお嬢様がトテに言った。
「私が王立学院で学び成長を遂げている間に、お前は成長したのかしら? さぁ、ここで紅茶をいれてみなさい」
「えっ!? 無理です!」
さすがに大人の年齢に近づき、徐々に修正して言葉は丁寧になっているトテは、しかし他の者には無い正直さでお嬢様に声を上げた。
お嬢様は目を吊り上げた。
「良いからやりなさい!! 命令よ!」
「はい・・・」
なぜ怒っているのだろう、そう思いながらもトテは渋々茶器の前に立つ。
そして、様々な容器の蓋をカパカパと開けて閉じた。
「お前、何をしているの?」
「えっと、どれが何だったかなって思って・・・」
「嘘でしょう。お前は何年この家に仕えているというの。お茶の入れ方は昔にカルティが指導したわ。まさか覚えていないとでも言いたいの?」
「覚えてませんよ、そんなもう随分昔だし」
「お前は何をしていたの?」
「えっと、お仕事はしていましたよ、でも紅茶は淹れません。だってお嬢様おられないし淹れる相手もいないじゃないですかぁ」
トテの言葉にお嬢様は思いがけず落胆を示した。
「なんということ。使えない犬ね」
「すみません。分かってたらちゃんと練習したのに・・・ごめんなさい」
はぁあ、とお嬢様はトテに分かりやすく落胆を態度で示した。それから恨みがましくトテを見つめた。
「お前はね、誰にも会わせたことが無いから適任だと思ったのに。馬鹿とは知っていたけれど使えないにも程があったわ」
こんなことを言われてトテは悲しみで泣きそうになった。
「泣くのは止めなさい。私の可愛いトテ。お前は私のお気に入りよ。手放すのは惜しい、そうね、だからお前で無い方が良いのだわ。お前のような者、他に見つけられないのだもの」
お嬢様は仕方なさそうに、フフ、と笑みを浮かべた。
「お前たちは、本当に私の事が大好きねぇ。さぁ、今すぐカルティを呼んできて。紅茶を飲みたいの」
「はい」
***
大事件が起こった。
トテには何が何か分からなかった。
奥様を除き、ご当主たちが投獄されてしまったのだ。裏で悪い事をしていたそうだ。
奥様だけがそれを防ごうとなされて、奥様だけは許された。そのように投獄を免れ屋敷に残る使用人たちから聞いた。
奥様の命を受けて、トテはお嬢様に会いに行った。トテが選ばれたのは、カルティたち身の回りのお世話をしていた者も投獄されてしまったからだろう。他の理由があったとしても、トテに分かるはずもないが。
牢獄は地下だった。
面会は、確認に少し待たされたぐらいでスムーズだった。
考えられないほどみずぼらしい暗い汚い一室に、お嬢様が閉じ込められていた。
トテにさえ、大罪人だと思わせるほどだった。
トテはお嬢様の傍に歩いて行った。
お嬢様は途中で気づいて顔を上げ、トテを見て、しばらくしてから少し笑みを浮かべた。
「私の犬。呼んでもいないのに、先に来たのね」
「はい。お嬢様」
持ち込みが許された本1冊を手渡しながら、トテは震えてしまった。
お嬢様がこのような境遇に陥るなど、トテに想像できるはずもなかった。
「お前は馬鹿な子ねぇ。こんなところまで来てしまって。でしょう? お前は馬鹿なままの犬ね」
「はい」
トテの真剣な返事を、お嬢様はゆっくり読み込むように少し動きを止めて、それからクスリと笑った。
「お前、このごろは何をしているの。私がいないあの家で」
「えっと、昨日は、テーブルクロスを洗いました」
「そう」
「でも雨が降ってきて、やり直しが決まってて」
「そう」
お嬢様は静かに相槌をうつかのような返事をし、数秒経ってから促した。
「それから? お前、私の部屋のカーテンの色を変えた? あのピンク色は嫌いになったのよ。次は・・・そうねぇ。濃い赤色にしておきなさい」
「はい。じゃあ帰ったらします」
「まだ帰ってはならない」
「はい」
「お前は何をしに来たの?」
「奥様に、お嬢様の様子を見て来なさいと言われて。本も持ってきました。でももっと他にたくさん必要ではありませんか」
「そうねぇ。たくさん足りないのよ」
話をするトテたちの後ろ、兵士が二人現れた。
「時間は終わりだ。出ろ」
「え、もう?」
トテが普段のように心そのまま声に出すのを、お嬢様がトテに尋ねるように言った。
「トテ。お前、明日も来なさい。良いわね」
「はい」
「今日は、だからもう帰りなさい」
「はい」
トテは頷いたけれど、お嬢様は寂しそうに見えた。
一方で兵士に肩を叩かれて、トテは後ろ髪を引かれる思いになりながら、お嬢様のいる牢屋を退出した。