2年間で
馬鹿にしながらも、お嬢様はとてもトテを気に入っている。
トテも気に入られていると分かる。たまにお嬢様が理由を話してくれるからだ。
「私、普通のものは見飽きたの。私ほどになると少し変わったものを手元に置きたくなるのよ。トテ、お前は私に娯楽を与える私の犬よ」
「そっか、だから言葉遣いとか、変えちゃ駄目なんだね」
「そうよ。トテ。私のお気に入りなら、そのまま、変わらず馬鹿なままで構わないの」
***
ある日、急にトテは、普段にないことを命じられた。
紅茶を、上級使用人のカルティの手順を見本にし、目の前で入れてみろ、とお嬢様は言ったのだ。
カルティは慣れたように命令を行動で示し、トテをワゴンの傍に招き、これがカップ、これが砂糖入れ、と一つ一つを説明し、優美な食器に茶葉をいれ紅茶をカップに注いでみせた。
お嬢様が見つめていて言った。
「やりなさい、トテ」
「うん・・・」
不安な中、手を動かす。傍にいるカルティが小さく次の動きを指で示してくれるので、なんとか一連の動作を終えた。
「お前が飲みなさい。トテ」
お嬢様の命令にトテは驚いた。
「うぇ!? 私が!?」
「まさかその不味い紅茶を私が飲むと思っているの? トテ?」
「えっ、でもでも!」
「飲みなさい。まさか私の前で捨てるなど不作法なことまでは、いくらなんでも許さないわ」
傍のカルティも小さく指示をした。
「お飲みなさい」
トテは勇気を出して、お嬢様用のカップを両手で持ち上げ、恐る恐る口をつけた。
そして、飲んだ。
「感想はいかがかしら?」
とお嬢様は感情ない表情で尋ねた。
「おいしい!」
とトテは言った。
お嬢様が珍しく、目を丸くした。
「まぁ。嘘をおっしゃい」
「本当、美味しい、良い匂いがついているもん」
トテが本心から喜んで答えていると理解したお嬢様は、どうやら呆れたようだ。
「お前はいつも何を食べているの」
「え、お屋敷でいただくご飯」
「内容は? 決して不味いものではないはずよ。この家が与える食事なのだから」
「えっと、昨日は葉っぱのスープと」
「葉っぱ?」
「鶏肉など色々入っておりましたわ、お嬢様」
カルティが見かねたように情報を足した。
お嬢様は不思議そうにした。
「お前たちは違うものを食べているのかしら」
「いいえ、同じものを食べているはずですわ。・・・ひょっとして、この子は取りわけが上手くないのかもしれません。何も考えずに、葉っぱだけをすくったのかもしれません」
そんなカルティの言葉に、トテは首を傾げた。
「そうかも」
お嬢様が残念そうな顔をした。
「私、細かな事まで口を出す性分ではないけれど。こんなお馬鹿なトテにもきちんと食事を与えたいわ。料理長に案を出すように言っておいて」
「はい。かしこまりました」
カルティが礼を取る。
トテもならって礼を取る。
その10日後、使用人に美味しい一品が追加された。皆に一皿ずつ配られる。
トテがお嬢様に気に入られているお陰だと使用人は喜んだ。
***
トテがトテと呼ばれはじめ2年経った頃、お嬢様が、王立学院に入学される年齢になった。
全寮制だ。
お嬢様はトテに留守番を命じた。
「大きなペットは連れて行けない決まりなの。私も残念」
トテも寂しく思った。ついて行く可能性があっただけに、落ち込んだ。
お嬢様はトテを非常に近くに招き、トテの頭を撫でた。優しく。
「お前はこの家で私の帰りを待っていなさい。私が戻った時、私が呼んだらすぐ来なさいね」
「うん」
「泣きそうなのね。困った子」
お嬢様は嬉しそうに楽しそうに笑った。
トテは尋ねた。
「お嬢様がいないなら、私は何をすれば良いの」
「そうねぇ。なら、私がいない時は水くみをしていなさいな」
「その仕事はもう人がいるよ」
「あらまぁ。安心しなさい、何かをして待っていなさい。家政婦長にそう命じておくわ。良いこと、変わらずにいるのよ、私のお気に入りのトテ」
「うん」
***
お嬢様は公爵家のご令嬢で、貴族の中で地位も高い。つまり偉い。この国の王子様の婚約者。
お嬢様を待つ間に、他の使用人たちの仕事を手伝いつつ、お嬢様についての話を聞いた。
お嬢様は王子様と結婚して、いつかこの国の王妃様になるそうだ。
トテは、自分も連れて行ってもらえるのだろうかと考えた。
連れて行ってもらえたら良いな。
王立学院に連れて行ってもらえなかったから無理だろうか。それは嫌だ。
***
学院寮で過ごされて普段は不在となったお嬢様だが、長期休暇というものがあって、その時期には家に戻って来られた。
お嬢様はすぐにトテの名を呼んだ。明るく声を上げ。
その声に、待ち構えていたトテは喜んで駆けて出た。お嬢様は声を上げて楽しそうに笑う。
「トテ、戻ったわよ。お帰りなさい、のワン、は?」
トテは心底嬉しかったので、その気持ちのまま、
「ワン!」
と満面の笑みでお嬢様に言った。
お嬢様はそれに大変気を良くして、さらに笑って、最後には目に涙まで浮かんだ様子で、それを優雅な手つきで拭った。
「あぁ。我が家は良いものだわ」
家中がお嬢様の一時帰宅を喜んだ。