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09.元聖女候補の嫁ぎ先(1)

 次の日。

 レーニスが昼食のために食堂へ向かうと、満面の笑みを浮かべた三人の視線が一斉に突き刺さった。


「レーニス。あなた、フルヘルト卿はご存知かしら?」


 ロイスが仮面をつけていない笑顔でそう尋ねた。だが、もちろんレーニスにはその名に心当たりは無い。心当たりがあるとしたら、昨日、名前が出たパエーズ卿だけだ。


「いいえ」


「そう? あの、辺境の竜騎士様よ?」


 と言われても、レーニスにはまったく心当たりが無い。


「伯母様、すいません。私、あの神殿から出ることがなかったので、その、そういった話には疎いのです」


「そう」

 それでもロイスは嬉しそうに笑顔を浮かべている。そのロイスの言葉の先を奪ったのはクエバだ。


「フルヘルト卿が、是非ともレーニスを妻に娶りたいと言ってきてだな」


「え? パエーズ卿ではなかったのですか? その、私の嫁ぎ先、ですが……」

 昨日、ロイスからそう言われ、引き受けてもいいという意味で「はい」と返事をしたはずなのだが。


「ああ、まあ、そうだな。レーニスは人気があるからな。パエーズ卿も是非にとはおっしゃってはいたが、フルヘルト卿の方がお前と年も近いし、何よりも竜騎士様だ。だからな、その、ま、あれだ。まあ、そちらの方がいいかなと、私たちも思ったわけだ」

 クエバの歯切れが悪い。恐らく、このフルヘルト卿の方が良い金額を提示してきたのだろう、とレーニスは察した。


「フルヘルト卿はどのような方なのでしょうか? パエーズ卿の方は大丈夫なのでしょうか?」

 どちらもレーニスの率直な想い。


「ええ、パエーズ卿の方は問題ないわよ。安心してちょうだい」

 やはりロイスは嬉しそうに笑っている。


「フルヘルト卿はだな」

 言葉を続けたのはクエバだ。恐らくこのフルヘルト卿の話を持ってきたのが彼なのだろう。

「辺境の竜騎士様と呼ばれるだけあって、まあ、住んでいるところは辺境なのだが。年も三十になったところで、お前の縁談相手としては悪くはない」


「むしろ、もったいないお話ですね。本当に私でよろしいのでしょうか」

 わざとはにかむように笑んで、レーニスは小首を傾げた。


「フルヘルト卿は是非に、とおっしゃっている。ただ、辺境なので、生活は不便になるかもしれないが」


「いえ、ですが、この私を是非にとおっしゃってくださるフルヘルト卿のお気持ちには応えたいと思っておりますので……」

 消え入るようにレーニスが言うと、クエバは満足そうに頷いている。


「では、フルヘルト卿の話を進めて良いな」


「……はい」


 そうかそうか、とクエバは満足そうに笑った。もちろん、ロイスもルーカスも。

 五十を過ぎたパエーズ卿よりは、三十くらいのフルヘルト卿の方がまだマシだろうという気持ちがレーニスのどこかにあった。だが、未亡人からは遠ざかってしまうな、という思いも。


「さあさ、レーニス。食べなさい」

 ロイスがとろけるような笑みを浮かべて、食事を勧めてきた。ルーカスも、これは美味しいよと、言ってくる。

 ありがとうございます、とレーニスは小さく呟くと、最後の晩餐であるかのようにその食事を口に入れた。

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