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08.売られる元聖女候補(2)

「その、パエーズ卿がどうかされましたか?」

 レーニスは胸の内を悟られないように、笑顔を繕って尋ねた。返ってくる答えもなんとなくわかっているはずなのに。


「パエーズ卿がね、あなたのことを是非とも妻に娶りたいとおっしゃってくださったのよ。年は少し離れているかもしれないけれど、とてもいい話ではないかしら?」


「ええ、私にはとてももったいない話だと思っております」


「そうよねぇ、もったいないお話よね? ということは、お引き受けしてもよいということよね? このような素敵な話は滅多にないもの」

 ロイスは頬の隣で両手を合わせ、そして首を小さく傾げた。


「……はい」

 恐らくここで、レーニスが「いいえ」と答えても最終的には「はい」と答えるように仕向けられるのだ。ならば、最初から反抗せずにそれに従った方が賢明であると彼女はそう判断していた。


「まあ。嬉しいわ。こんなすぐにあなたの縁談がまとまるなんて」

 ロイスのその笑顔は本物のようだ。仮面をかぶらなくても作り出すことができる笑顔、ということはレーニスを嫁がせることで得られる何かが大きいということ。


「早速、あの人に報告してくるわね。あなたはここで、ゆっくりと休んでいてちょうだい。ほら、ここにも美味しいお菓子があるのよ」


 ロイスは腰を浮かしながらレーニスにお菓子をすすめる。レーニスはありがとうございます、と言いながらそれに手を伸ばし、そこでゆったりと休む様子を見せつける。

 ロイスが部屋を出ていくのを確認してから、彼女はふうと息を吐いた。

 一体、自分はいくらで売れたのだろうか。

 そこが気になるところでもあった。聖なる力を失った自分にどれだけの価値があるのか、と。

 こっそりと部屋を出ると、ロイスが向かった先であろうクエバの書斎へと足を向ける。その部屋に近づくにつれ、ぼそぼそと人の話し声が聞こえてきた。

 クエバとロイスと、そしてルーカスの三人の声。


「本当にあのレーニスが、そう言ったのか?」


「ええ。パエーズ卿との話を引き受けると。まあ、あそこがダメだったら次は、ロナンテ卿とのお話を出すつもりだったのだけれど。パエーズ卿が金貨千枚に対して、ロナンテ卿は八百枚でしょ? やはり、話を出すなら、価値のあるところから出していかないと」


「まあ。金貨千枚で、あのお荷物が売れたならいいんじゃないか? 聖なる力を失ったとしても、男を楽しませることだけはできそうだからね。あの身体だし」


 やはり、レーニスの売り先の話だったか、と思う。一番聞きたかった自分の価値を確認できたため、レーニスはそっとそこから離れた。談話室に戻り、ロイスがすすめてくれた美味しいお菓子を箱ごと手にすると、それを持って屋根裏部屋へと戻った。


 金貨千枚の価値というのであれば、金貨千枚の価値分の働きをすればいいだけだ。それを超えても、それ未満でもなく、きっかり金貨千枚分。

 しかも相手は五十を過ぎた男。人生もとっくに折り返しに入ったところ。それに引き換え、自分はまだ十九歳。これから人生花盛り。

 もしかしたらパエーズ卿はいい人かもしれない。レーニスのことを娘のようの可愛がって愛でてくれるかもしれない。そんなときはそれにひたすら甘えればいいのだ。

 だが残念ながら、あの祈りの間でのことを思い出す限り、それは期待できないだろう。恐らく彼はレーニスを奴隷のように扱うはず。


 女は未亡人になってからの方が、価値があがるのよ、と祈りの間でとある貴婦人が口にしていたことを思い出した。


 それに解呪が行えるということは、その逆で呪うこともできる。聖なる力がない今、その呪いもどこまで有効かはわからない。さらに、解毒ができるということは、毒の知識もあるということ。だからこっそりと少しずつ、ばれないように毒を飲ませ、彼の死期を早めればいいのだ。そうすればレーニスは自由を手に入れることができる。


 と、そこまで考えた時に、自分自身が恐ろしい考えに支配されていくことに気付き、かぶりを振った。聖なる力を失ったとしても自分は元聖女候補。その聖女候補が、他人の死を望むということは、あってはならないこと。

 レーニスは箱ごと持ってきた美味しいお菓子から、一つそれを取り出して口の中に放り込んだ。それはとても甘ったるかった。

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