65.新しい家族(1)
王都を去る前に、レーニスは神殿を訪れていた。今更、また聖女になりたいというわけではない。あのとき、レーニスの背中を押してくれた侍女頭のマーサに会うために。
「マーサ。忙しいところ、時間を割いてくれてありがとう」
「いいえ、レーニス様。本当に、ご立派になられて」
マーサは柔らかく微笑んでいたが、彼女の目尻には涙が溜まっている。
「マーサ。私、あなたに恩返しをしたくて」
「ええ。確かに受け取りました。レーニス様、今、幸せですね」
「はい」
そしてレーニスは隣に立つ夫を見上げた。
「マーサ。こちらが私の夫です」
デーセオは女性二人の会話を黙って聞いている。だから、レーニスに紹介されたときに、簡単に名乗った程度。
「辺境の竜騎士様と呼ばれているデーセオ様ですね。存じ上げております。レーニス様。本当に素敵な方と一緒になられて……」
それ以上、マーサの言葉が続かなかったのは、彼女の目から涙が溢れてしまったから。
「マーサ。私、あのときあなたに言われた言葉を信じていました。ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、この神殿を救ってくださってありがとうございます。新しい代表のティメル様は、本当に民たちのことを思ってくださっています。これから、神殿も変わることでしょう」
ティメルを代表にと思っていたレーニスやデーセオの考えは間違っていなかったようだ。
マーサに別れを告げ、フルヘルト領へと戻るのだが、今回はこの調印式のために竜騎士部隊長として参加したため、そういうときは飛竜で移動ができるらしい。この辺の仕組みはレーニスにはよくわからないが、竜騎士部隊長としてという肩書がある場合は、飛竜で移動してもいいらしい。
「お帰りなさいませ」
屋敷で二人を出迎えてくれたのは、執事のジョナサン。
「旦那様。お疲れのところ申し訳ありませんが、お客様がお見えになっております」
デーセオが不在にも関わらず、屋敷内に通したということは相手もそれなりの身分の持ち主なのだろうと推測される。そしてどうやらデーセオにはその相手に心当たりがあるらしい。
「わかった。すぐに会う。レーニス、お前も紹介するから、共に来い」
「ですが、あの、着替えは」
「まあ、向こうもわかっていて来ているのだから、気にするな」
「はあ」
としかレーニスは答えようがない。わかっていて来ているという相手はどのような人物なのか。
「ただいま戻った」
「おかえり、デーセオ」
「おかえりなさい」
見るからに夫婦という男女二人が寄り添ってソファに座っていた。
「レーニス、紹介が遅くなったが、俺の両親だ」
「え」
生きているんですか、という言葉をレーニスは飲み込んだ。
「俺の両親は職業柄か世界各地を旅していてな。それで、お前への紹介が遅れた」
「あ、はい……」
「デーセオ」
彼の父と思われる男が口を開いた。
「結婚、おめでとう。と言いたいのだが、彼女のその驚きぶりから推測すると、だ。君は私たちのことを彼女に一切伝えていなかっただろう」
「そう、だったか?」
デーセオは本当にそう思っているらしい。レーニスは大きく頷くことしかできない。
そもそも結婚式にも現れなかったし、先代の話を聞きたいということを口にしたら霊廟を案内すると言われたら、二人がこの世にいないものと思ってしまっても、しかたないではないか。
「デーセオは相変わらずだな」
ははっと父は笑っている。
「それよりもデーセオ。早く彼女を紹介しなさい。ジョナサンからあなたが結婚するという手紙を受け取った時は驚いたけれど、大きな商談の最中で戻ることもできなかったのよ」
息子を急かしているのは母親の方。
「俺の両親は商売人なんだ。世界各地を歩き回って様々な商売を行っているらしいのだが、俺も詳しくはわからん」
「デーセオは昔から私たちのことに興味は無かったからね。君は私の父親似だから仕方ない」
つまりデーセオの父の父似ということは、祖父似ということか。




