63.輝かしい未来へ(1)
「船だ。あれはサライトの船だ」
灯台の見張り番が口にした。
「すぐさま騎士団に連絡を」
それから数分後。王都の街に響く声があった。
「外にいる者はすぐさま頑丈な建物の中、もしくは地下に入るように」
王立騎士団に所属する騎士たちが声を張り上げながら、王都の中を走り回っていた。
外から人の姿が消えていく。
だが、一か所だけ人だかりができていた。それは神殿の前。頑丈な建物と言えば神殿だから。神殿に避難しようとする人たちが、そこの入り口に集まっていたのだ。
「何事だ」
神官が問う。
「サライトの船が攻めてきたんだ」
「俺たちを中に入れろ」
民衆からはそのような声があがってくるが、神官たちはこの現状を知らない。
「聖女様を出せ」
「そうだ。聖女様なら、サライトの船を追い払える」
「聖女様、助けてください」
「聖女様」
神殿の入り口には聖女に助けを求める民衆たちが集まっていた。
そこに一人の男が現れる。
☆☆☆
レーニスは港に来ていた。彼女の他には四人の女性がいる。その四人は、聖女候補と呼ばれたことのある女性たち。レーニスと同じように、途中で聖なる力を失い、神殿を追い出された者たち。年代も様々で、上は五十代から下はレーニスの十代。
肉眼でもはっきりととらえることができるほど、船が迫ってきていた。横一列に並んでこちらに向かってくる黒い船たち。
「嵐を、呼びます。民たちを守るために」
レーニスの声が静かに響く。
不思議なことにあれだけ青く晴れていた空に黒い雲が集まり始めていた。穏やかな波は次第に高くなっていく。港に繋がれた船が荒々しく上下に揺れている。彼女たちにできることは、あの船たちをこのクレイデルの港につけないこと。この嵐でそのまま諦めて引き返してくれればいいのだが。
キュゥ。
飛竜たちの声が聞こえた。上空に旋回する飛竜たち。恐らく竜騎士たちが呼んだのだろう。
「レーニス」
こうやって彼女の名を呼ぶ人は一人しか知らない。
「デーセオ様」
「俺と来い。交渉に行く」
「交渉?」
「ああ。いつまでもクレイデルとサライトの関係がこのようでも困るだろう。きちんと条約を結ぶべきであると思っている。交渉にはお前の力が必要だ。だから、俺と来い」
レーニスは不安になって他の元聖女候補たちに視線を向けた。
彼女たちは「ここは任せて行ってきなさい」と言う。
その言葉に背中を押されたレーニスは力強く頷く。
デーセオがレーニスを軽々と抱き上げれば、共に飛竜の背に乗る。
海は荒れているのに雨は降っていない。風も穏やか。そういった不思議な天気を生み出すことができるのも聖なる力によるもの。
キウゥ。
飛竜が鳴くと暗い空の方へと向かって飛び立った。
☆☆☆
クレイデル王国の王城に、隣国のサライト王国の使者たちがやってきた。理由は、不可侵条約と友好条約を結ぶこと。
サライト王国は、幾度となくクレイデル王国の聖女の力で度重なる不作を助けて欲しいと書簡を送っていたらしい。だが、それをもみ消していたの外交を主に担当する大臣だった。聖女の聖なる力はクレイデル王国のものである、と断りを入れていたらしい。この大臣が神殿と繋がっており、聖女の祈りを金儲けのためにと利用していたようだ。
あのとき、民衆たちが神殿の入り口に集まった時、現れた男はもちろんティメル。彼は、民たちを神殿で受け入れるように要求した。魔術師がそう言うのであれば、と聖女や聖女候補たちは戸惑いながらも民たちを受け入れた。
受け入れた民たちの中に、怪我をした者がいた。こちらに逃げるときに派手に転んでしまったのだろう。それに気付いた聖女候補の一人がその民に治癒を施せば、民は聖女候補に涙を流しながら礼を伝えたらしい。そのとき、その民の行動が聖女候補の心を砕いた。
本来、聖なる力は民たちに平等に与えられるものではないか、と。
何よりも高い金を払って祈りを捧げて貰った金持ち達は、それが当たり前だと思って礼を口にしたことなどなかったのだ。
些細なことかもしれない。だけど、彼女たちに気付きを与えるきっかけとしては十分なものだった。
そして神殿に乗り込んだティメルが見つけ出した神官たちの悪事の数々、ではなく金の行方を示す証拠たち。彼は、それをこっそりと懐に忍ばせ、神殿を後にした。




