62.妻の決意(2)
一夜明けた。
メランド城の前に並ぶのは、デーセオが率いる竜騎士部隊の竜騎士たち。ただし、残念ながら飛竜たちはいない。
「飛竜は、俺たち竜騎士が呼べば、どこからでも飛んでくる」
比喩的に飛んでくるわけでなく、本当に飛んでくるところが飛竜らしいところ。
「部隊長の留守は我々が預かります」
デーセオは竜騎士部隊をそれぞれ分けていた。王都に連れていく隊と、このフルヘルト領に残らせる隊、そして、北の砦を守っている竜騎士たちはそのままそこに。海路から攻めているサライトではあるが、万が一に備えてのことである。
実は船は囮で国境側から攻めてくる、という可能性もゼロではないからだ。
「ああ。フルヘルトの民たちを頼んだぞ」
デーセオはレーニスと共に馬に乗る。レーニスも一人で馬に乗れるようになったが、ここから王都までの長距離には少し不安が残る。デーセオは馬車を手配しようとしてくれたが、レーニスは馬で行くと言い張った。その結果の妥協案が、デーセオと共に馬に乗るということ。デーセオの愛馬に負担がかかることを心配したレーニスだが、馬が疲れたらレーニスが祈りを捧げればいいことに気付いた。
「レーニス。今日は速度をあげるから、喋るなよ。舌を噛むからな」
以前、こうやって二人で馬に乗った時は、ゆったりと歩くような速度だった。だが今回は違う。できるだけ早く王都入りして、サライトからの襲撃に備える必要がある。
速く走る馬から振り落とされないように、レーニスは必死でしがみつくことしかできなかった。だから、日が暮れて、テントを張って休もうとしたときには、身体中が痛かった。
それでも通常なら馬車で三日かかる距離を、フルヘルト領を出て次の日に王都へ着くことができたというのは、レーニスの力によるものも大きいのかもしれない。
竜騎士部隊は目立たぬようにこっそりと王城に入っていく。デーセオが連れてきた竜騎士たちは十名ほど。恰好が平服だなと思っていたのは、彼らがそうであることを悟られないようにするためだったらしい。そのためレーニスも町娘のような恰好だ。
それでも案内された部屋は客室のような立派な部屋であったため、デーセオたちがどのような根回しをしているのか気になるところではあるのだが。
「レーニス。疲れただろう。今日はもうゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます。あの、デーセオ様は?」
「俺は、まだやることがある。サライトの船を追い払うまでは気が抜けないしな」
「でしたら、私も」
「お前は移動のために力を使ってくれただろう? だから、今はゆっくり休むのがお前の仕事だ。それにサライトの船を追い払うということは、お前たちにしかできないことだから」
デーセオがそう言えば、レーニスはほんのりと笑みを浮かべた。この不器用な夫の気遣いが素直に嬉しい。
「明日、お前と同じような元聖女候補だった者たちと会わせてやる。いろいろ話したいこともあるだろう」
「ありがとうございます」
レーニスは今、あらためて幸せであると感じていた。だけど、ここに至るまでの過程はいろいろあった。聖女候補として不適格の烙印を押されたときは、絶望さえした。そしてあのフォッセ家は金でレーニスを追い出そうとしていた。それでも最終的にこの夫の元に来ることができたのは、運命の廻り合わせか。それともたまたま運が良かったのか。
「どうかしたのか?」
デーセオはじっと自分の顔を見つめてくる妻の姿に気付いた。なんとも表現し難い表情で、じっと見つめている。
「いえ……。その、デーセオ様と一緒になれて、幸せだなと、そう感じておりました。ですから、この幸せのためにも、私ができることは精一杯やらせていただきます」
「レーニス」
デーセオはつかつかと妻に近寄ると、ぐっと力強く抱きしめる。
「ああ。俺たちの幸せのためにも、サライトにこの国の侵略を許すようなことはしない」
レーニスもそっと夫の背に手を回した時、扉を叩く音がした。
くそっ、と小さくデーセオが呟いたことは聞かなかったことにしよう。
「デーセオの自慢の奥方に会いにきた」
扉の向こう側に楽しそうに笑いながら立っていたのは、もちろんこのクレイデル王国の国王である。




