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60.妻の涙(2)

 ジョナサンがいつの間にか部屋から消えていた。

「れ、レーニス?」

 横目で観察していたからすぐに気づいた。いや、こうなることはわかっていた。


「泣いて、いるよな……」


「はい……」


「それは、悲しくて泣いているわけではないよな」


「はい……。もう、わかっていらっしゃるのでしたら、少し黙っていてください」


 レーニスが受け取った手紙。それはあの神殿で侍女頭として務めているマーサからの手紙だった。

 恐らくというか絶対にティメルの仕業だ。彼がマーサに連絡をした。

 マーサの手紙には、レーニスと同じように聖なる力を失い神殿を去った元聖女候補たちのことが書かれていた。そして、その彼女たちが、今回の件に協力をしたいと言ってくれていること。最後に、レーニスには心より愛する方と幸せになって欲しい――と。


 レーニスは王都にいるマーサに心の中で問いかける。

 あのときの恩返しはできていますか、と。今、自分は愛する夫が隣にいて幸せです、と。

 そう思っていたから涙が溢れたのだ。だから、悲しくて泣いているわけではない。


 レーニスが深く息を吐いたことで、デーセオは気付いたのだろう。

「落ち着いたか?」

 彼は優しく微笑みながら、レーニスの涙を拭う。


「はい。みっともないとこをお見せして申し訳ありません」


「いや。俺たちは夫婦だからな。みっともないところも、恥ずかしいところも、変なところも。全て見せてもらってかまわない」


「へ、変なところって……」

 デーセオなりの思いやりのつもりの言葉なのだが、それがレーニスにはうまく伝わっていないようで。そんな彼女を困らせたくなったデーセオは、耳元でこっそりと囁く。


「なっ……。な、もう、デーセオ様。な、そのようなことを……」


 囁かれた言葉によって、羞恥で染まる顔を思わず手で覆ってしまうレーニス。

 まったくこれだからエロ親父は、とここにティメルがいたら、そう口にしていただろう。つまり、彼が囁いた言葉はそういった内容ということで。

 そんな彼は悪びれもせずに彼女が顔を見せてくれるのをじっと待っていた。だが、レーニスは顔を覆ったまま下を向き、その姿勢のままピクリとも動こうとしない。それでもデーセオはじっと待っていたのだが、これはまずいと、直感的に思ったらしい。

 そう、やはり自分が悪かったとデーセオは反省したのだ。


「すまなかった。お前を困らせるつもりはないのだ。その、そう、励まそうと思って、だな」


「でしたら。もう、二人きりであったとしても。二度とそのようなことはおっしゃらないでください」

 残念ながらレーニスは顔を隠したままだ。


「わ、わかった。お前を困らせるようなことは、二度と口にしない」


「絶対ですよ」

 やっと顔をあげてくれたレーニスは頬を膨らませたままである。これは完全に怒らせてしまった。


「お、お茶でも飲むか? その、俺が淹れるぞ?」


「そうですね。旦那様にお茶を淹れていただくのも、たまにはいいかもしれませんね」

 と言うレーニスはもちろん怒っているようだ。

 デーセオはそんな可愛い妻から離れたくはないのだが、彼女のご機嫌をとるためにお茶を淹れてみることにした。何を隠そうとも隠しきれていないため、恐らくレーニスは知られている。この男、一人でお茶を淹れたことがない男。


「レーニス。すまない。お茶の淹れ方がわからない」


「まぁ。お茶を淹れ方もわからないなんて、恥ずかしい旦那様ですわね」

 と言う彼女は、楽しそうに笑っていた。

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