06.解呪者の不在(2)
「何?」
デーセオが眉根を寄せて、シニスを睨んだせいか、彼女は「ひっ」という変な悲鳴を上げて一歩引いた。
「解呪できないとはどういうことだ?」
できるだけ聖女様を驚かさないように、デーセオは穏やかに尋ねた。ただでさえ、彼の顔は怖いと言われている。しかも、顔にはその呪いの模様が、黒い刺青のようなもので、額から目の下のあたりにかけて複雑に刻み込まれている。だからデーセオは、普段からも顔を隠すようなフードをかぶっているのだ。その呪いの模様を人の目に触れさせないように。
「言葉の通りです。申し訳ございませんが、私にはこの呪いが解呪できません。この呪いは幾重も重ねがけがされているため、私の聖なる力では無理なのです」
「だが、レーニス殿なら解呪できるかもしれない、ということで俺の解呪を引き受けてくれた。そして三月も待った。にも関わらず、解呪できないというのはどういうことだ。聖女様であるにも関わらず、だ」
デーセオはその目を尖らせてシニスを見つめた。
「ち、力の種類が違うのです」
ガクガクと震えながらシニスが説明した。
「レーニスは、解呪を得意としております。私は、治癒の聖女です」
「なら、他の解呪の聖女様にお願いしたい」
「そ、それは……」
シニスは首を横に振った。
「今、この神殿に、解呪を専門とする聖女はおりません。辛うじて、私が解呪もできるということです」
「ならば」
デーセオが鋭くシニスを睨んだ。だから、シニスは「ひっ」という情けない声をあげる。
この男、身体が大きいだけでなく顔も怖い。その上、呪いが顔の上半分を覆っていて不気味なのだ。その顔で睨まれてしまったら、いくら聖女であっても悲鳴くらいはあげたくなってしまうというもの。
「レーニス殿を寄越せ。そもそも聖女に頼もうとしていた解呪を断られ、それを引き受けてくれたのが彼女だ。彼女ならこの呪いの解呪ができるのだろう」
「レーニスはいません」
受付の神官と同じことを言われた。
「なぜ、いない」
「彼女は、聖なる力を失いました。もう、聖女候補でもなんでもありません」
「何?」
このデーセオという男、信じられないことがあると「何?」と聞き返すのが口癖のようだ。また、聖女シニスは「ひっ」と言って、また一歩退いた。
「つまり、俺の呪いを解呪できる者はこの神殿にはいない、ということか?」
「は、はい。残念ながら、そういうことになります」
シニスは大きく何度も首を縦に振った。
「で、ですが。その呪いが広がる速度を遅らせることはできます」
「何? 呪いが広がる、だと?」
「は、はい」
シニスは怯えながら返事をした。
「どうやら、その呪いの一つが進行性の呪いのようです。ですから、全てを解呪しないと徐々に全身を蝕んでいきます」
彼はフードを脱いだ。その呪いを見せつけるかのように、顔をシニスへ寄せる。
ひっと言って、シニスはまた退く。
「その呪いは複雑で、今も四つの禍々しい力を感じます。そのうちの一つが進行性の呪いなのです」
「くそっ」
と言いながら、デーセオはフードをかぶり直した。
「ですから、その呪いを遅らせることができます。むしろ、私にはそれしかできません。いかが、なさいますか?」
藁にもすがる思い、というのはこのような気持ちを指すのだろうか。
「では、それを頼む」
仕方なく、デーセオはそう言った。できるだけ、この呪いによって殺されるまでの時間を稼がなければならないという思いがあった。
それと同時に、レーニスを探し出して、呪いを解いてもらおうという思いもあった。
だが、レーニスは聖なる力を失ったらしい。それでもデーセオにとっては、彼女は微かな希望に違いはないのだ。
それに、失ったものであれば、取り戻せばいいだけだ。
常にそう考えているデーセオ。だから、まずはレーニスを取り戻し、彼女の聖なる力を取り戻してやる。
それができなければ、あの隣国の魔術師を殺す。
シニスの祈りを受けながら、デーセオはそう思っていた。




