58.最後の呪い(2)
「つまり、部隊長の奥様は、神殿を追い出されたというわけなのですね」
何か込み上げてくるものがあったのか、フォルクが目頭を押さえている。デーセオとレーニスの出会いの部分は濁したはずなのだが。
「部隊長が王都へ行っていた時に出会うことができただなんて、お二人には運命しか感じません」
「ま、まあ、わかったから。その気持ちはもう抑えておけ」
あまり感情移入され、あれこれと根掘り葉掘り聞かれても面倒だ。
「デーセオ様。レーニス様のお力を疑うわけではありませんが。その、聖なる力は間違いなく戻ってきているのでしょうか?」
ヘッケが疑いたくなる気持ちもわからなくはない。そもそもレーニスはその力を失ったとして神殿を追い出されているのだから。それに、彼にはティメルのように力を感じる力が無いようだ。それだけティメルという魔術師は魔術師の中でも優秀なのだ。
「はい、と言っても言葉だけで信じられるようなものではないですよね」
レーニスがニッコリと笑う。思わず目の前の二人がそれを見て、ドキッと身体を震わせてしまうほどの笑みだった。
「旦那様。その、進行性の最後の呪い。今、解呪いたします」
唐突にレーニスに声をかけられたデーセオは驚いてしまった。
「いや、しかし。この呪いの解呪のための術式を調べるのに少し時間がかかると、そう、言っていたのではないか?」
「はい。ですから、旦那様が不在の間、そちらを調べておりました。本当にこちらの書庫にある書物は素晴らしいものばかりです」
そこでまたレーニスはにっこりと笑う、これには思わずデーセオもドキッと身体を震わせてしまった。
「よろしいですか?」
レーニスは男三人の顔を見回した。その男三人はそれぞれ興味深そうに大きく頷く。
「では、旦那様。手を」
いつもの彼女と異なる表情。普段はあどけない顔に、どこか恥ずかしそうに笑いを浮かべている彼女であるが、今の彼女の視線は突き刺さるかのように鋭い。ふんわりとした優しく、そしてどこか守ってあげたくなるようなあの視線ではない。
デーセオも彼女に言われた通りに両手を差し出す。過去三回の解呪もこのような方法で行われた。まあ、一度だけ抱き締められたことはあったが。今は力が戻っているため、恐らく手を触れるだけで解呪を行ってしまうのだろう。いささか残念な気持ちになるデーセオ。
「あ」
と声をあげたのは魔術師のヘッケだ。恐らく彼は気付いている。だから、声を出してしまった。フォルクは黙ってじっと自分の上司を見守っている。
デーセオは全身を何か温かいもので満たされている気分だった。レーニスと触れている手の平からじんわりと温かい何かが注がれている。それが血流にのって、全身に流れていく感じ。その温かいものが全て顔に集中していくような感じがした。頭が割れるように熱い。
パンッ――。
目の前が真っ暗になり、そこに閃光が走ったように感じた。
「終わり、ました……」
レーニスの柔らかい言葉でデーセオは我に返る。
「少し、喉が渇いたので、お茶をいただきますね」
既に湯気の立っていないお茶を、レーニスは一気に飲み干した。
「部隊長のその顔を見るのは、半年ぶりです」
と口にしたフォルクは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「素晴らしいものを見させていただきました」
ヘッケは大きく息を吐き出すことしかできない。
「魔術師小隊も、喜んで聖女様にご協力いたします」
レーニスの力は偽物などではない。本物の力である、と、ここにいる誰もが思った。
本物の聖女を手放してしまった事に、あの神殿は気付いているのだろうか。




