57.最後の呪い(1)
「おかえりなさい、で……、旦那様」
恐らく彼女はデーセオの名前を呼ぼうとしてくれたのだろう。だが、他にも人がいることを思い出し、普段通りに声をかけたようだ。そういった些細なことも、可愛らしいと思えて、ついデーセオの顔は綻んでしまう。
「ただいま戻った。レーニス、早速で悪いが。いろいろと報告したいことがあるのだが、俺の執務室に来てくれ」
「承知いたしました。ですが、先にお召し物を」
と、レーニスはデーセオの上着を預かりながらも、彼を私室にさりげなく誘導している。
「そうだな。先に着替えよう」
そんな二人のやり取りを鉄仮面の下でニコニコと眺めているのが執事のジョナサンと侍女のサンドラの二人。この二人にかかればデーセオだって、たまったものではない。だから、レーニスの言葉には素直に従う。
「ええと、お帰りなさいませ。デーセオ様」
恥ずかしそうに名を呼んでくれた妻を、デーセオは「ただいま」と耳元で囁きながらも、がしっと力強く抱きしめた。二人きりの時は、という約束を彼女は覚えてくれていたのだろう。
「先ほども俺の名前を呼ぼうとしていた、よな?」
デーセオは気付いていたし、レーニスもそうしようとしていた。
「はい。ですが、その、デーセオ様には二人きりのときは、と言われておりましたから。ですが、すいません。その、嬉しくてつい……」
「いや。かまわない。二人きりのときだけでなくてもいい。お前が、呼びたいときに呼んでくれれば、その、俺も嬉しい」
デーセオはそこで頭でコツンと彼女の頭に触れた。レーニスは小柄だ。こうやって抱きしめるとデーセオは彼女の頭を見下ろす形になってしまう。
「レーニス。その、口づけをしてもいいか? ずっと、お前に触れたかった。会いたかった」
「私もです。その、デーセオ様にお会いしたかったです。あちらで、華やかな女性に声をかけられるようなことは、ありませんでしたか?」
と言う彼女の問いに「無い」と即答したデーセオは、たまらず彼女の唇を己のそれで塞いだ。レーニスは少し背伸びをしているのか、身体がふるふると震えていた。このような可愛らしい反応をされてしまったら、気持ちが昂ってきてしまう。己を御するためにも名残惜しそうにデーセオはそれを終わらせた。
「レーニス。お前にもいろいろと相談したいことがある。悪いが、報告は執務室で行いたい。ここにいると、その、まぁ、あれ、だからな」
「承知しました」
レーニスが事務的に頭を下げてくれたので、なんとか自制というものを取り戻したデーセオである。
デーセオはこちらに戻る前に竜騎士部隊の宿舎の方に顔を出し、魔術師小隊の副小隊長と、竜騎士部隊の副部隊長にもこちらに来るようにと指示を出していた。ただ「すぐに」ではなく「一時間後に」ということを添えて。つまり、その一時間だけはレーニスと二人きりでいたいと思ったからだ。
さて、そんなデーセオから呼び出された魔術師小隊の副小隊長と竜騎士部隊の副部隊長。彼らの目の前にはデーセオとレーニスがいるわけで。ここにティメルがいたのであれば「仲が良いところを、そんなに見せびらかしたいのですか」と余計な一言を添えてくれるのだが、残念なことに彼は今、ここにいない。王都に置いてきた。いや、自ら残ると言っていた。
「ああ、突然、呼び出して悪いな。お前たちに協力して欲しいことがある」
「ティメル様からは使い魔を通して、粗方のことは聞いております」
と声を上げたのは魔術師小隊の副小隊長を務める男のヘッケだ。
「さすが、ティメルだな」
残念ながら副部隊長であるフォルクには何のことやらさっぱりわからない。
「部隊長。申し訳ありませんが、私にはさっぱり」
「ああ、すまない。これから順を追って説明する。そのうえでお前たちの協力を頼みたい」
「協力? ええ、喜んで協力させていただきます。このような楽しそうな話、指を咥えて黙って見ていることなど、できるわけがない」
と言うヘッケは楽しそうに見える。さすが、あのティメルの部下だ。
「いいか? 簡単にだが。今、このクレイデル王国と隣国のサライトで起こっていることを説明するぞ」
デーセオは二人の顔を見てから言葉を続ける。隣国のサライト王国が島国バクスタの協力の元、造船に力を入れていること。港に船を集めていること。つまり、クレイデルに海路から攻めようとしていること。
それから、クレイデル王国にある今の神殿の状態。金儲けに走っている現状。




