05.解呪者の不在(1)
この世界には、剣を振るい、その剣で国と重鎮たちを守る騎士がいる。また、魔術師と呼ばれる不思議な術を扱う者がいる。この不思議な術は呪いだったり魔法だったりと呼ばれるもの。そして、魔術師とは異なる聖なる力で人々を癒す聖女様。
騎士、魔術師、聖女、これがこの世界と国を護るための特別な存在の人間たちだ。
その特別な人間の一人であるデーセオという男。彼は竜騎士である。竜騎士とは飛竜と呼ばれる竜を扱える、騎士の中でもさらに特殊な騎士である。
その竜騎士である彼は今、このクレイデル王国の王都にある神殿へとやって来た。
隣国との争いで、そこの魔術師に呪いをかけられてしまったからだ。こういった呪いを解く、つまり解呪は聖女にしか行えない。もしくは、その呪いをかけた魔術師の命を奪うか、のどちらかである。
デーセオは深くフードをかぶり、顔の上半分を隠していた。髪の色も白銀とこの王都では特殊な色であり、さらにその呪いを人の目に触れさせないように。このように太陽がまぶしく輝き、街を明るく照らしているような日には、あまり外を出歩きたくない。だが、今日は仕方ないと思ってあきらめていた。
「レーニス殿をお願いしたい」
神殿の受付でデーセオは担当の神官に声をかけた。
この神殿では解呪を行っているという聖女がいると耳にした。だが、聖女にその解呪を頼もうとしたら断られた。
聖女様は忙しい、というのが理由だ。
すると、他にも解呪を得意とするレーニスという聖女候補がいることを、人伝いに聞いた。そのため、彼女に解呪を頼みたいと神殿に申請したところ、そのレーニスは引き受けてくれた。
そのときの神官も「レーニス様が快く引き受けてくださいました。申し訳ありませんが、呪いについて詳細を教えて欲しいとのことです」と言い、何やら紙を一枚渡してきた。
どうやらその呪いの種類を調べ、その解呪方法を確立させるために三月程度の時間を必要とするらしい
デーセオは呪いを受けた日時、それから呪いをどのようにして受けたか、どのような症状が出ているのか、ということをきちんと書いてその紙をこの神殿の神官に手渡した。
三月後に解呪してもらうという約束をしてその日はこの神殿を後にした。
そして今日がデーセオにとって、解呪してもらえるという日だった。わざわざ辺境の地からこの王都まで、馬車で三日もかけてやってきたわけである。
「そのような者はおりません」
受付の神官の答えはそれだった。
「いや。いないわけはないだろう。三月前に解呪の依頼をしたんだ。デーセオ・フルヘルトと言えばわかるか」
「デーセオ・フルヘルト様、ですね。デーセオ、デーセオ……」
受付の神官は、帳簿のようなものをパラパラとめくり始めた。
「ああ、ありました、ありました。デーセオ・フルヘルト様。辺境の竜騎士様」
竜騎士と知り、受付の神官の顔色も少し変わる。
「そうだ。今日が彼女に解呪を行ってもらう日だったはずだ」
デーセオは受付の前にある小さなカウンターのようなところに肘をかけ、頬杖をついて受付の神官を見た。再び、神官の顔色が変わったように見えた。
それはあまりにもデーセオがその新緑の目で彼を睨み続けていたからかもしれない。
「はい、そのようですね。間違いありません」
「今日がその日だ。レーニス殿をお願いしたい」
「ですから、その、レーニスという聖女候補はここにはもう、おりません」
「何?」
この受付は「もう」と言った。つまり今まではいたけれど、いなくなってしまった、ということだろう。
「デーセオ様の解呪は、聖女シニス様が御担当されます」
「何?」
もう一度デーセオは同じことを言ってしまった。そもそも、聖女様に解呪をお願いしようとした。だが、それを断られたため、聖女候補であるレーニスが引き受けてくれたのだ。
それにも関わらず、この期に及んで聖女様が解呪を引き受けるということはどういうことだろう。
「本来であれば、レーニスの仕事は全て他の聖女候補が引き継ぐはずなのですが、どうしてか、デーセオ様の解呪だけは、聖女様が引き継がれております。どうぞ、中へ」
デーセオは思うところは多々あったが、案内されるがまま祈りの間へと入った。祈りの間とは聖女様が祈りをささげることで、その対象者を治癒したり、祝福を与えたりすることからそう呼ばれている。
「辺境の竜騎士、デーセオ・フルヘルトですね」
透き通るような声で名を呼ばれた。
「はい」
本物の聖女様をお目にかかったのは初めてだった。だが、なんだろう。このシニスという聖女からは、少し暗い何かを感じる。言葉で表現するのは難しいのだが、こう、何かもやもやという黒い霧に覆われたような感じだ。
「隣国の魔術師にかけられた呪い。それの解呪ですね」
確認するかのようにシニスが言った。それにデーセオは「はい」と答える。
「手を」
シニスの言葉に従い、デーセオは両方の手のひらを上に向けて前に出した。その手の平に、シニスが手を合わせる。少し冷たい聖女様の手。
本来であれば、合わせたその手が次第にぽかぽかと熱くなるはずだった。はずだった、ということはならなかった、ということ。いくら待っても、ぽかぽかと熱くならない。
目の前のシニスが苦しそうな表情を浮かべている。しばらくそれを続けていたが、ふいにシニスがデーセオの手を離した。
「この呪いは、隣国の魔術師にかけられたものですよね」
「はい」
シニスが難しい顔をしている。何か問題でもあったのだろうか。
「この呪い……。私では解呪ができません」




