45.夫婦の会話(1)
「レーニス、寒くはないか?」
だいぶ日が傾いてきてしまったため、空の旅も少し風が冷たく感じるようになってきた。
「はい、その……。旦那様が温かいので」
と自分で口にしてから、レーニスは気付いた。今、ものすごく恥ずかしいことを口走ってしまったのではないか、ということに。
「そ、そうか。寒くないのなら、いいんだ。少し、風が出てきたからな」
デーセオが当たり障りのない返事をしてきたため、レーニスは彼に気付かれないようにほぅと息を吐いた。デーセオは先ほどの言葉を気にしていなかったようだ、という安堵。背中を彼に預けているから、この顔を見られなくてよかった、という思い。間違いなく今、レーニスの顔は火照っている。それは、西に沈む太陽の日を浴びて染められているわけではなく、レーニス自身の熱によって染められた頬。
彼女を包んでいるデーセオの腕に力が込められたような感じがしたため、レーニスはつい上を向いてしまった。デーセオもそれに気付いたらしい。目が、合う。
ドキリと、レーニスの心臓が高鳴った。見られてしまった、この顔を。
「どうかしたのか? やはり、寒いのか? もしかして熱が出てきたのか? 顔が赤いぞ」
空の上であるというのに、デーセオがあたふたし始める。
デーセオのその言葉にかぁっと顔が熱くなるレーニスは、右手で顔を隠してしまった。
「ち、違うのです。その、恥ずかしくて」
「恥ずかしい? 何か、恥ずかしいことがあったのか?」
「いえ、旦那様が気付いていらっしゃらないのであれば、何でもありません」
はて、気付いていないとは何のことか。と、デーセオは思った。彼女が恥ずかしい思いをするような状況があっただろうか、と。
きゅぅ、と飛竜が鳴いた。まるで二人の会話を聞いていたかのように。ようにではなく、この飛竜は人の言葉をわかっているのだ。
デーセオはもう一度彼女を抱く腕に力を込めた。レーニスが恥ずかしがる原因はわからなかったけれど、デーセオは「温かい」と言われて嬉しかったのだ。この顔も身体の大きさも、全てが彼女を怖がらせるのではないかと思っていたけれど、レーニスはそんなデーセオの全てを受け入れている。こうやって彼女をすっぽりと包み込める体格であったことを、今は少しだけ誇りに思っている。彼女の風除けくらいには、なれるかなと。
きゅきゅっと飛竜が鳴いて降下する。いつもの飛竜舎が見えてきた。
飛竜から降り立ったデーセオとレーニスであるが、レーニスの手に触れると彼女の手が冷え切っていることにデーセオは気付いた。
「すまない、気が利かなくて」
もう少し厚い革の手袋を彼女に与えればよかった。それでも彼女は、恥ずかしそうにはにかみながら「いえ」と答える。
「あちらに顔を出したら、すぐに屋敷に戻る」
とデーセオが宿舎に足を向けようとしたときに近づいてくる人影があった。もちろん、ティメルである。
「お帰りなさいませ、デーセオ様。無事にお帰りになられたこと、確認できましたのでどうぞさっさとお屋敷にお戻りください」
いちいち突っかかる言い方をしてくる優秀な部下である。ジロリと彼を睨んで威嚇してみるが、このようなことで怯むようなティメルでもない。
「本当に、デーセオ様が真面目に仕事に取り組むようになって、私としてはレーニス様に感謝しかありませんね。そのレーニス様をお待たせしているんでしょう? だから、さっさとお戻りください」
ぐぬぬ、と声にならない声を心の中であげながらも、反論できないところが悔しかった。
「わかった、今日は戻る」
くるりと背を向けると、ティメルはわざとらしく「あ」と声をあげる。だから、なぜこの男はこうなのか。
「陛下から書簡が届いておりましたので、屋敷の方に届けておきました。お戻りになられましたら、確認をお願いいたします」
デーセオは盛大にため息を吐いた。それはもう、わざとらしく。
「確認しないうちに破って丸めて捨てないでくださいね。執事のジョナサン殿に預けておきましたので」
ジョナサンに預けておいたという時点で、デーセオの行動が読まれているということだ。




