40.飛竜との出会い(2)
そのデーセオは、レーニスを隣の飛竜舎へと案内しているところだった。飛竜舎にはもちろん飛竜がいる。飛竜は竜騎士の番とも言われている存在。
「あ」
とレーニスが声をあげると、するっとデーセオの腕を離した。竜騎士でない者が飛竜に近づくことは非常に危険である。敵とみなされてしまうから。あのティメルでさえ、彼らが認めるのに一か月という時間を要した。
それにも関わらずレーニスがある飛竜へと引き寄せられるかのように近づいていく。
「レーニス」
「レーニス様」
そこで止まれ、とデーセオは言いたかった。
近づかないでください、とティメルは言いたかった。
だが、彼女の名を呼んだだけでその後の言葉が続かなかったのは、飛竜が首を伸ばしてきてレーニスの頬に触れたからだ。
レーニスが飛竜に触れたのではない。飛竜がレーニスに触れた。つまり、飛竜がレーニスを認めた、ということ。
「旦那様、この子が旦那様の飛竜さんなのですね」
飛竜がレーニスに頬に触れ、レーニスも飛竜の首を優しく撫でている。竜騎士ではない人間と飛竜でのそういった光景は、見たことが無い。それにどの飛竜が誰の飛竜であるのか、ということも見ただけでわかるようなものでもない。
「あ、ああ、そうだ」
呆けながら返事をするデーセオだが、やはりあの飛竜がレーニスに懐いているのがどこか信じられないという気持ちが勝っていた。
「レーニス、その、飛竜は怖くないのか?」
「え、えぇ。怖いという気持ちはありません、だってこんなにも可愛らしいのですから。それに、ね」
とレーニスが飛竜に声をかけると、飛竜もキューと鳴く。まるで二人で会話をしているかのように。
「レーニス。もしかして、飛竜と会話をしているのか?」
「会話? ええと、会話かどうかはわかりませんが。飛竜さんが先ほどから旦那様のことをいろいろと教えてくださっています」
うふふ、とこのようにいたずらっ子のように笑うレーニスを、デーセオは今まで見たことが無い、ということは。
「おい。お前、変なことをレーニスに言うなよ」
キィッ、と飛竜は鳴く。それもいたずらっ子のような鳴き声。
「やはり、旦那様と飛竜さんも仲良しなんですね」
レーニスが微笑めば、飛竜もキュゥンと鳴く。デーセオとしてはこの飛竜に言いたいことはたくさんあるのだが、それを言ってしまえば飛竜はデーセオのいないところでレーニスに告げ口をするだろうということが、目に見えていた。そのくらい、二人の仲が良さそうに見えるのだ。
あのティメルでさえ驚いている。
「旦那様。あの、旦那様の飛竜さんが、他の飛竜にも挨拶をするようにとおっしゃっているのですが」
「飛竜が言うなら、そうした方がいいだろう。こっちだ、案内する。おい、お前。後で覚えておけよ」
と、捨て台詞を飛竜に言っているデーセオであるが、この飛竜が反省しているようには見えないし、デーセオのことを恐れているようにも見えない。どちらかと言うと、ティメルと同じようにデーセオとレーニスの関係を楽しんでいる。
デーセオが他の飛竜たちの前にレーニスを連れていくと、他の飛竜もキュウキュウと鳴き出した。それを聞きつけた竜騎士たちも飛竜舎へとやってくる。
「何が起こったんですか」
「何が起きた」
「飛竜に何かあったのか」
次々に非番の竜騎士たちがやってくるのだが、飛竜たちが首を伸ばしてレーニスとじゃれ合っている姿を目にして驚くしかない。
「あの、旦那様。飛竜たちに、その、祈りを捧げてもよろしいでしょうか」
飛竜が健やかであるように。飛竜が怪我をしないように。そういった祈りを捧げたいと彼女は言っている。
「ああ、そうだな。せっかくだから、頼む」
「ありがとうございます」
むしろ礼を言わなければならないのはデーセオや竜騎士たちの方であるのに、祈りを捧げることができて嬉しい、と言わんばかりの笑顔を彼女は浮かべていた。