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04.元聖女候補の帰宅(2)

 コンコンコン。と、ノックをする。


「どうぞ」


「片づけをしていたら遅くなりました。お待たせしてしまって、申し訳ございません」


「いいんだよ、レーニス。気にしないでおくれ。ほら、ルーカスの隣に座りなさい」


 クエバが優しい笑みを浮かべていた。この笑みの仮面に隠されている、真実の顔。レーニスはそれに気付いてしまった。だけど、それに気付いてしまったことを悟られないようにと、平常心を心掛ける。


「ご無沙汰しております、お兄さま」

 レーニスは、二つ年上の従兄弟(ルーカス)をお兄さまと呼んでいた。


「レーニスにそう呼ばれるのは、久しぶりだね」

 ルーカスも笑顔の仮面をつけて、そう言った。


「ずっと、お会いできていませんでしたからね」

 レーニスも負けずに笑顔の仮面をつけた。


「さあさあレーニス。あなたのために美味しいお菓子も準備したのよ。これもね、美味しい紅茶なのよ。冷めないうちにどうぞ」

 ロイスも笑顔の仮面をつけている。


「ありがとうございます」

 ここにいる人間は全て、仮面をつけている。

 誰もその仮面を落とすことなく、それぞれの役割をこなしていた。腹の探り合い、とも言う。


「そうそう、レーニス」

 と、お茶のお替わりを準備しながら、ロイスが言う。

「あなたも十九になったのよね」


「はい」


「結婚に興味は無いかしら?」


 仮面をつけたままロイスが本題に入った。驚いて、クエバを見ると、彼もニコニコと笑っている。まさか、このタイミングで言い出されるとは思ってもいなかった。


「その。元聖女候補で、聖なる力を失った私をもらってくださるような方は、いらっしゃらないのではないでしょうか」


「そうね。この辺では難しいかもしれないわ」

 そこで、ロイスの仮面が外れかかった。紅茶を飲もうとカップを口元に運び、その隙間から鋭い視線をレーニスに向ける。レーニスはそれに気付かない振りをする。

 ロイスはゆっくりとカップを傾け、温かい紅茶を一口飲んだようだ。そしてそれをゆっくりとテーブルの上に置く。


「でも、あなたも若いのだし。それにあなたのお母様に似て、見目も整っているわ。どこかには、あなたを妻に迎えたいと思ってくださる方はいらっしゃると思うのよね」

 再びロイスは仮面をつけたようだ。穏やかな声でレーニスに伝える。


「もし、そのような方がいらっしゃるのなら、私は喜んで嫁がせていただきます。こんな、元聖女候補で、聖なる力を失った私で良い、と言ってくださるような方が本当にいらっしゃるのなら……」

 レーニスは膝の上で手を組み、そこに視線を向けた。自信のない姿を装うとした。


「レーニス」


 隣のルーカスが優しく声をかける。


「あまりそうやって自分を卑下するものではないよ。君には君のいいところがある。そこに惹かれる人だっているはずだよ」


「お兄さま、ありがとうございます。お兄さまにそう言っていただけて、嬉しいです」

 レーニスは目尻に溜めた。両親が亡くなったときのことを思い出して、涙を制御する。


「あの。少し疲れてしまったので、部屋に戻ってもよろしいでしょうか」


「ええ。もちろん。夕食の準備ができたら呼びに行くから、それまでゆっくり休んでいなさい」

 クエバが笑顔で言う。恐らくこの笑顔は本心だ。レーニスが結婚について前向きに検討している、という言葉を手に入れたから。


「あの、伯母様。少し、お部屋を片付けたいのですが。お掃除をするための道具を貸していただけないでしょうか」


「まあ。そういうことは侍女に頼みなさい」

 ロイスも機嫌が良さそうだ。そう言うなら、最初からあの部屋を掃除しておいてくれればいいものの。

「いえ。せっかく、この家にお世話になるのですから。自分でやってみたいのです」


「そう?」

 ロイスは頬に手を添えて言う。

「あなたの部屋の隣の小さな物置にあるわよ」


 それだけ教えてもらえれば充分だ。


「ありがとうございます」

 すっと立ち上がると、レーニスはその仮面だらけの部屋を出た。


 扉越しに、ルーカスの笑い声が聞こえてくる。

 バカな女だ、売られることもしらないで、と。


 そうか、私は売られるのか。と、レーニスは思った。だけど、その売り先が見つかるまではこの屋敷にいなくてはならない。少しでもあそこで快適に過ごせるようにと、掃除用具を手にした。

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