34.復活の兆し(2)
「デーセオ様、ティメルです」
扉のノック音と共に、優秀な部下の声が聞こえてきた。
「あ、ああ」
デーセオが曖昧な返事をすると、がちゃりと静かに扉を開けてティメルが入ってくる。
「あ、すいません。お邪魔、でしたね」
デーセオだってティメルの声を聞いたらすぐに姿勢を正したし、レーニスだってじっと前を見つめている。だからティメルが何をもってそう判断したのか、デーセオにはわからない。
「うぉっほん、そんなことは、ない」
わざとらしく咳払いをしたデーセオであるが、心の中は動揺しまくりの汗をかきまくり。
「今、お茶を淹れますから。どうぞティメルも座って」
なんとなく空気を察したレーニスがすっと立ち上がった。
「そんな、奥様にお茶を淹れていただくなんて恐れ多い」
と言いながらも、ティメルは笑いながらデーセオを見ている。
「いいから、黙って座れ」
上司から威圧的に言われてしまえば、優秀な部下であるティメルはそれに従うしかない。
ティメルがデーセオの前に座ると、レーニスがそっとお茶を差し出す。そして、当たり前のようにデーセオの隣に、寄り添うようにして座る。すると、目の前の上司の顔がほんのりと綻ぶから、面白い。
「それで、こんなに朝早くから人を呼び出しておいて、一体どんな御用ですか?」
ティメルだって、先ほど朝食を終えたところ。のんびりと優雅に食後の珈琲でも楽しもうかとしていたところを、ジョナサンから「旦那様がお呼びです」と言われてしまったら、不本意であっても従うしかない。
「ああ、レーニスのことだ」
「朝から惚気ですか? デーセオ様のそのお顔を拝見すれば、なんとなくわかりますが……。長年の初恋が実ったような、そんな顔をされていますよ」
ティメルが口を開けば、レーニスが驚いたような表情でデーセオを見て、そしてティメルを見る。そして、口元を緩めて、うふふと笑う。
ティメルは目の前の上司を再び見た。余計なことを言うな、とその顔が訴えていた。
「そんな話ではない。レーニスが、その、あれだ。気付いたのだ」
「デーセオ様の恋心にですか? 良かったですね。これで晴れて両想いとか?」
「だから、そういう話ではない。レーニスは俺の呪いに気付いたのだ。俺に四つの呪いがかけられていると、はっきりとそう言った。以前、あの聖女に言われたことと同じ内容だ」
「なるほど」
ティメルは努めて明るい口調で答えてみたものの、視線は鋭くレーニスを見つめる。彼女から感じる力は今までと何も変わりは無い。
「レーニス様。お手をとってもよろしいでしょうか?」
「ダメだ。お前がレーニスに触れることは許さん。とって食いそうだからな」
「私はデーセオ様ほど女性に飢えておりませんよ。繊細な力を感知するためには、少し触れる必要があるのです。まあ、抱き締めればすぐにわかりますけれど、それはレーニス様も困りますよね」
レーニスが困っているのはティメルが抱きしめると言ったからではない。どちらかというとこのデーセオをティメルの会話を聞いていていいのかどうか、ということ。女性に飢えているという表現をどう捉えたらいいのか。
「ちっ。仕方ないな。手だけだぞ。それ以外は絶対にダメだ。レーニス、仕方ないからその手だけを前に出してやれ」
「あ、はい」
このようにちょっとだけ怒っているデーセオを初めて目にしたレーニスは、デーセオのその言葉に従った。




