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03.元聖女候補の帰宅(1)

 次の日。驚くことに、あのフオッセ家から迎えの馬車が来ていた。昨日、侍女頭が早馬を手配して、連絡をしてくれるとは言っていたけれど、まさかあのフォッセ家が迎えの馬車まで寄越してくれるとは思ってもいなかった。

 それでもその馬車はひっそりとこの神殿の裏手に停められた。目立たないように、そのような事実はなかったかのように、ひっそりと。


「レーニス」

 レーニスが馬車に乗り込もうとしたとき、あの侍女頭がやって来た。

 空は憎らしいくらいに晴れていて、どこまでも続く青い空は、レーニスの心の中とは正反対だった。せめて、どんよりとした鉛色の空だったらまだよかったのに、とさえも思ってしまう。


「あなたが、聖女様にならなくてよかった、と私は心からそう思っています。真面目なあなたのことだから」

 という彼女の言葉の意味は、レーニスにはよくわからない。

「聖女様になれなかった元聖女候補たち。力を失っても幸せに生きている方たちを、私はたくさん知っています。どうか、あなたもその一人になってください」


 彼女はレーニスの両手をそっと握った。

 聖女様になれず、力を失った聖女候補。そういった女性たちをたくさん見てきた彼女だから口にできる言葉。そして、彼女から紡がれた言葉だからこそ、それがレーニスを励ましてくれる。


「あ、ありがとうございます。この御恩は……」

 とレーニスが言いかけると、侍女頭はゆっくりと首を横に振る。


「レーニス。あなたが幸せになること以外、私への恩返しの方法はありませんよ」


 目尻を下げて、口元に笑みを浮かべる侍女頭。


「はい」

 レーニスは力強く頷き、握られた手にぎゅっと力を入れた。


 レーニスを乗せた馬車は不規則に揺れながら、フォッセ家の屋敷を目指していた。あの神殿から、街の外れにあるフォッセ家の屋敷へ。遠いとも近いとも言えない、微妙な距離。馬車に揺られて一時間ほど。


「あぁ、レーニス。無事に帰ってきてくれてよかった」


 言い、彼女を迎えてくれたのはクエバだった。


「レーニス。お帰りなさい」

 隣には彼の妻であるロイスが笑顔を浮かべて立っていた。

 まさか、このように受け入れてもらえるとは思っていなかったから、レーニスは茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 彼らの頭上にも憎らしいくらいの青空が広がっている。きらきらと太陽の光を受けて輝いているようにも見えた。


「レーニス。大丈夫か?」

 クエバが心配そうに姪の顔を覗き込む。


「はい。伯父様、叔母様、ありがとうございます」

 レーニスの目からは、なぜか涙が溢れてきた。

 聖なる力を失い、神殿を追い出された元聖女候補にも関わらず、こうやって受け入れてくれたことに。

 ロイスがレーニスの肩に手を回してくれた。


「疲れたでしょう? 温かいお茶を準備してあるの。今後のことを相談しながら、お茶にしない? まずは、お部屋に案内するわね」


 その二人から少し離れたところに、クエバの息子であるルーカスが立っていたことに気付いた。彼だけは、鋭い視線をレーニスに向けていた。


「ごめんなさいね、レーニス。話が急だったから、このような部屋しか準備できなくて」


 ロイスによって案内された部屋は屋根裏部屋。急な話であったし、仕方ないだろう。

 だが屋根裏部屋といっても、眠るには充分だ。少し埃っぽいところがあるけれど、と思ったら、蜘蛛の巣が張っていた。まずは、掃除からか、とも思った。比較的綺麗な場所に荷物をまとめると、ロイスたちが待つ談話室へと向かった。

 その部屋から声が漏れてくる。


「聖なる力を失うだなんて、フオッセ家の恥さらしのようなものじゃないか」

 この声はルーカスだ。


「落ち着け、ルーカス」

 宥めているのはクエバ。


「レーニスが聖女にならなくたって、その聖なる力があれば、俺の結婚相手にと思っていたのに。聖なる力を失ってこの屋敷に戻ってきただなんて、ただのお荷物だろ? 父さん、どうする気なんだよ、あのお荷物を」


「落ち着きなさい、ルーカス」

 同じようにロイスも息子を宥めている。


「レーニスはどこかに嫁がせる。あの容姿だ。金を払ってでも妻や妾に迎えたいという変態はたくさんいるだろう」


 くっくっくっと、不気味な笑い声が聞こえた。これがあのクエバの声かと疑いたくなるほど。

 レーニスは聞いてはいけないものを聞いてしまった、悪いことをしてしまったという気持ちで、心臓がバクバクと鳴っていた。じっとりと手の平にも汗が染み出てくる。一度、この扉から離れ、少し遠いところからわざとバタバタと足音を立てるように急ぎ足で、もう一度この扉の前に立った。

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