22.飛竜の不調(2)
ティメルが立ち上がると、レーニスに呼び止められる。
「あの、ティメル」
ティメルは不思議そうにレーニスの顔を見た。
「その、旦那様はいつ頃お戻りになられるか、ご存知ですか?」
ティメルはその言葉をデーセオに聞かせてやりたいと思った。だが、残念なことにあのデーセオは北の砦まで逃げている。
「その。北の砦に向かうということだけは伺ったのですが。いつ頃お戻りになられるかということを聞くのを忘れてしまったので」
「そうですね」
ティメルは考える振りをした。本来ならば、今夜にでも戻ってくることができるような距離だ。何しろ、飛竜で行っているのだから。だが、あのデーセオはあちらの宿舎に戻ってきたとしても、この屋敷には戻ってこないだろう。
「恐らく、書類仕事が溜まった頃には戻ってくるかと。いいところ、十日が限度でしょうか」
「そうですか。旦那様もお忙しい方ですからね」
レーニスはティメルの含みに全く気付いていない様子。
あのデーセオが新妻に会いたくないからこちらに戻ることができない、というのは伏せておくべきであるとティメルは思っていた。会いたくない、というのは嫌悪感からくるものではなく、自分の気持ちが制御できないから会いたくないという意味であることをティメルは知っているし、デーセオはその気持ちがなんであるのかにさえ気付いていない。デーセオ本人は、元聖女候補であるレーニスを金で買い、自分の解呪のために利用するべき人間であると、心のどこかで思っている節があるらしい。それにも関わらず気持ちが制御できないことに戸惑っているのだ。
「あの、ティメル」
少しエロ親父のことを考えていたティメルは、レーニスのその声でふと我に返った。
「その、旦那様にお手紙を書いたら、迷惑でしょうか」
「手紙、ですか?」
「いえ。なんでもありません。忘れてください。その、十日もお会いすることができないから、手紙で感謝の気持ちをお伝えしたいと思ったのですが。ですが、たった十日です。待ってみることにします」
「ですが、奥様。ここには飛竜がおります。急ぎでしたら、飛竜に頼めば一日で手紙はつきますよ?」
「そうなのですか?」
レーニスの顔が、ぱーっと輝いたようにも見えた。
「ええ。竜騎士たちに頼めば、デーセオ様の元へ届けてくれるはずですが」
「少し、考えさせてください。その、どうしても気持ちが抑えられなくなった時には、お願いしたいと思います」
「ええ、お待ちしております」
ティメルはレーニスに頭を下げると、部屋を出ていく。そして、外に出ると馬に乗って飛竜舎へと戻る。この屋敷から飛竜舎だって馬で少し走ればすぐ、だ。
本来であれば、レーニスにもその飛竜舎と騎士の宿舎を案内すべきだったのだが、こちらに来てすぐに結婚式と準備で忙しくさせてしまったため、そこの案内はまだだった。サンドラに彼女の予定を聞き、近くの空いている日に案内することにしよう、とティメルは思っていたのだが、できればデーセオがいない日の方がいいなとも思っていた。あのすれ違い夫婦は見ていると面白い。そして、もどかしい。自分でさえ、本来の目的を忘れるほどだ。
だが、元聖女候補は元聖女候補だった。様々な人たちに祈りを捧げていただけのことはある。その症状から推測できる要因をいくつも知っているのだろう。恐らく、聖女よりも知識はあるのではないか、とティメルは思っている。
何しろティメル自身が優秀な魔術師だ。そのティメルがレーニスに今の件を相談したのも、彼女の実力を確認するため、という理由も含まれていた。聖なる力を失ったとしても、あの知識は充分に使える、と。
飛竜舎に戻ったティメルは、昨日の宿直当番から話を聞いた。やはり、振舞われた食事を飛竜舎の側で食べていたらしい。そのとき、一匹の飛竜が変な鳴き声をあげたから、つい料理を手にしながら飛竜の様子を見に来てしまったとか。
ティメルは、鱗の色が変わった飛竜に異物を取り除く魔法と回復魔法をかけた。




