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21.飛竜の不調(1)

 レーニスは朝から忙しなく動いていた。デーセオが不在であるにも関わらず、いや、彼が不在だからなのか。

 食事を終えれば、この領地について知って欲しいということで執事のジョナサンが講師としていろいろと薀蓄を垂れ流す。薀蓄と思っているのは、昔からのジョナサンを知っている人物だけであって、当のレーニスは彼の話を面白そうに聞いていた。だからジョナサンが余計に調子づく。それが終わると、ダンスやらマナーやら、と。そういえば十五までは両親の元で暮らしていたレーニス。なんとか、そういったことを思い出せるようになっていた。聖女候補のレーニスではなく、令嬢としてのレーニスを。すっかりと聖女候補としての生活に染め上げられてしまっていたけれど、記憶を掘り起こせばなんとかできるものらしい。

 ダンスの先生も、初めてのわりにはお上手ですわね、なんて言っていたが初めてではないからだ。だが、本当に数年ぶりにそういった本格的なレッスンにレーニスはぐったりとしてしまっていた。

 だからサロンで一人、お茶をいただいていたところ、ティメルが現れたことには驚いた。


「奥様。こちらにいらっしゃると伺いましたので」


「どうかしましたか?」

 ティメルもレーニスの変化になんとなく気付いた。力を失っておどおどとしていた元聖女候補ではなく、ここにはこの領主デーセオの妻がいる、と。


「奥様の知恵をお借りしたいのですが」


「私でお役に立てるのであれば」


 どうぞ、とすすめているのは、恐らくティメルに座りなさいと言っている。それと同時に侍女がお茶の準備を始めるので、たった数時間で彼の妻らしくなったなと思わずにはいられない。


「このフルヘルト領には飛竜が生息しています。落ち着いたときにご案内しようと思っていましたが、少し離れた場所に飛竜のための飛竜舎と、竜騎士たちの宿舎があります」


「ええ。その話は伺っております」


「その飛竜ですが。一匹、具合の悪い飛竜がおりまして」

 ティメルのそれを耳にしたレーニスは眉の間に皺を寄せた。

「飛竜の鱗の色が、薄くなっているのです。何か、そういった現象に心当たりなどありますか?」


 飛竜は、レーニスもお目にかかったことが無い。だから、ここに来ての楽しみの一つがその飛竜に会えるということでもあった。その飛竜が病気。しかも鱗の色が変わる、という。

 飛竜を見たことのないレーニスは、まったくわけがわからない。


「ティメル。残念ながら、私は、飛竜を見たことがありません」


「はい。それを承知のうえで尋ねています。ですから、飛竜に限らず、その肌の色が変わってしまうような症状を見たことがありますか? そのような方に祈りを捧げたことはありますか? 我々は、あの神殿でレーニス様が誰よりも多く祈りを捧げていることを知っております。ですから、似たような症状の方にも祈りを捧げたことがあるのではないかと思って尋ねています」


 まさか、ここで元聖女候補としての意見を聞かれるとは思っていなかった。レーニスは今まで祈りを捧げてきた人たちのことを思い出す。その中で肌の色が変わったという人がいただろうか。いたかもしれない。レーニスに祈りを求める人は貧しい人が多かった。その貧しさ故、少し古くなってしまった食べ物を食べてしまったらしい。


「食事」

 レーニスが呟いた。

「もしかして、その飛竜は、合わない食事を口にしたのではないでしょうか」


「合わない食事……」

 ティメルが呟く。


「昨日、普段と変わったことはありませんでしたか?」

 昨日は普段とは違うことばかりだ。何しろ、あのデーセオの結婚式だったのだから。


「そうですね。昨日はお祝いでしたからね。あの飛竜舎で働いている者たちにも、豪華な食事は届けられたと思います。もちろん、お酒も」


「もしかしたら、飛竜は間違えてそれを食べてしまったのかも」

 レーニスが冗談で口にしたそれだが、あながち間違いではないのかもしれない。


「さすが、奥様ですね。そちらの件からあたってみます」

 ティメルは満足そうに頷くと、少し冷めかけたお茶を一気に飲み干した。そうとわかれば、すぐにでも飛竜の様子を確認せねばならない。

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