16.辺境の竜騎士(2)
これから彼女がこの部屋にやって来るという。それでもまだこの顔を晒す覚悟はできていない。彼女に呪いを解いて欲しいと思っているのに、呪われた顔を晒すことができないというこの矛盾はなんなのか。デーセオはその気持ちがわからない。それでもデーセオは再びフードを深くかぶって、それで目の下まで覆った。呪われた模様を隠すかのように。
コンコンコンと柔らかいノック音が聞こえた。返事をすると、お茶を乗せたワゴンと共にレーニスが入ってきた。
「旦那様、お茶をお持ちしました」
先ほども耳にしたが、彼女の声は心地よい。
「ああ、そこに置いてくれ」
右手を伸ばし、そこを指示する。はい、と返事をしたレーニスはデーセオが指示した場所に手際よくお茶を置いた。
「あの、旦那様。少し、お話をしたいのですが、その、お時間はよろしいでしょうか?」
ティメルから聞いていたことと一致する。どうやらレーニスがデーセオと話をしたいと思っている、ということ。
「見ての通り、俺は忙しい。手短に」
と答えるデーセオは、我ながら逃げているなとも思っていた。
「あの。旦那様は、どうして私をお選びになったのでしょうか。その、聖女候補としての聖なる力を失った私を」
やはり、その件か。デーセオは少し間を置いてから。
「お前が元聖女候補だからだ」
とだけ答える。
「ですが、もう聖なる力はありません。聖女にならなかった元聖女候補で無く、聖女候補を解かれた元聖女候補なのです」
彼女が言わんとしている意味はわかる。聖女候補を解かれた元聖女候補は、その聖なる力が偽物だったと、そう影口を叩かれるということも。
「それもわかっている。だが、俺が欲しいと思った。それではダメか」
「いえ」
欲しい、という言葉にレーニスはドキリとした。力を失った聖女候補が欲しいとは、どういう意味か。あのルーカスの下卑た笑いが思い出された。
「何か不便なことはないか?」
「え?」
「まだ慣れないとは思うが、不便なことがあればサンドラやティメルに遠慮なく伝えてくれ」
「あ、はい」
まさか、そのような言葉をかけてもらえるとは思っていなかったがレーニスは、少し驚いてしまった。それはどこかに、あのルーカスの下卑た声が心のどこかに引っかかっていたから。
「あの、旦那様」
「なんだ」
「ありがとうございます。その、私をお買い上げいただきまして」
デーセオは思わず噴き出しそうになった。お買い上げ、そう表現されるとは思っていなかったからだ。金貨五千枚をあのフォッセ家に払ったのは事実であるが。
「旦那様にお買い上げいただかなければ、私は禿エロ親父に売り飛ばされるところでした」
彼女の言う禿エロ親父があのパエーズ卿であることは、デーセオでさえ容易に想像がついた。
「まだ、俺に礼を言うのは早いのではないか? もしかしたら俺も禿エロ親父かもしれないぞ?」
このレーニスという娘が面白くて、デーセオもついそんなことを口にしてしまった。
「ですが、少なくとも御髪は豊富なようでいらっしゃいますので」
それは、それで顔を隠しているからだろう。
「だが、被りものかもしれないぞ?」
「そのときは、旦那様のお顔が拝見できると思って、楽しみにしております」
やられたな、とデーセオは心の中で呟いた。彼女の失われた聖なる力が目当てで彼女をあの禿エロ親父から横取りしたのに、このレーニスという女性に興味が沸いてきた。だが、だからこそこの顔を彼女には晒したくない。
「話はそれだけか?」
「あ、はい。旦那様に御礼を言いたかったので」
「御礼、そうか」
何も礼を言われるようなことはしていない。彼女を手に入れたのは自分自身のため。
「悪いが、このように私にはまだ仕事が残っている」
「あ、はい。気付かず申し訳ありません」
「いや」
デーセオだって謝ってもらいたいわけではない。できることなら、彼女とこうやって言葉の駆け引きを楽しみたい。だからこそ、危険なのだ。彼女と共にいることが。
「では、失礼いたします」
事務的に頭を下げたレーニスが部屋を出て行った。それを見送ると、デーセオは彼女が準備したお茶に手をつけた。
少し冷めてしまったそれではあるが、心温まる味がした。




