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15.辺境の竜騎士(1)

「彼女の様子はどうだ?」


 執務室で書類に視線を落としながら、デーセオはティメルに尋ねていた。


「そんなに気になるのであれば、ご自分で会いに行かれればよろしいのでは? 同じ屋根の下におりますので」


 ティメルが答えると、その書類から視線をあげ、デーセオは彼をじろりと睨んだ。


「俺が聞きたいのはそういうことではない。彼女の力のほうだ」


「ああ、その件でしたか。どうやら彼女が聖なる力を失ったというのは、本当のようですね。まったく力を感じることができません」


「そうか」

 そこでまたデーセオは書類に視線を戻した。


「式は、三日後ですが?」

 ティメルが尋ねる。


「それがどうした? 俺は忙しい。少しここを離れていたからな。仕事が溜まっている。式の準備はサンドラに任せているし、俺の方は衣装合わせも終わっている。何も問題は無いだろう?」


 そういうことではないのですが、とティメルは肩をすくめた。

「お夕食はどうなさりますか? レーニス様とご一緒に?」

 ティメルが尋ねると、デーセオは動かしていた手をふと止めた。

「いや、ここに運んでくれ。今日中に目を通さねばならない資料があるからな」

 やれやれ、と心の中でティメルは形式的に「承知しました」とだけ答えた。


 だから、だ。

 この広い食堂の大きなテーブルで一人夕食を食べているのがレーニス。てっきり、デーセオと食べるものだと思っていたのだ。サンドラに尋ねて確認したところ。


「旦那様はお忙しいとのことで、部屋で食事を取られるそうです」


 そうですか、と物わかりの良い子供のように呟いたレーニスだが、この時間には彼と会えるかもしれないと心の中のどこかで期待していたためか、ものすごく寂しい気持ちになった。その様子を、サンドラがチラリと横目で見つめていた。神殿暮らしのレーニスにとって食事のマナーもこれで合っているのかという不安があったが、後方に張り付いていたサンドラから何も注意されなかった、ということは恐らく合っているのだろう、と少し安心する。ところが、食事を終えようとしたときに。


「レーニス様」


 サンドラから厳しく声をかけられた。失敗したか、と思ってレーニスは肩をびくりと震わせる。


「もう少し、お食べになってください」

 その言葉に、レーニスはサンドラの顔を見上げてしまった。

「やはり、レーニス様は食事の量が少なすぎるのです。いいですか? 一般的な成人女性であれば、今レーニス様がお食べになった量の他にこれだけは食べます。少しずつでいいので、食事の量を増やしてください。そうでなければ、元気なお子を生むこともできませんよ」


 子を生む、という言葉を耳にした時、レーニスはかっと顔を赤く染めてしまった。


「あらあら、レーニス様は本当に可愛らしい方でいらっしゃいますね。こんな可愛らしい方、お一人で食事をさせるとか、我が主はどうなっているのでしょうね」


 そう、レーニスも食事の時間になればデーセオに会えると思っていた。会うことができたらいろいろ話をしてみたいとも思っていた。御礼も伝えたい、と。

 だが、デーセオは忙しいらしい。食堂で食事をする時間も取れない程、忙しいのだろうか。


「あの、サンドラ。旦那様は、その、お仕事はお忙しいのでしょうか?」


 最初にサンドラからそのように説明を受けたにも関わらず、そう尋ねてしまったのは、どこかデーセオに会いたいという思いがあったから、なのか。


「そのように伺っております。ですが、奥様となられるような方と一緒に食事ができないような状況になるほど仕事を溜め込んでいるというのは、管理能力の低さを露呈しているとしか思えません」


 このサンドラという侍女はなかなか辛口なようだ。いや、ここで働いている使用人たちは皆このように温かくて面白くて、そして発言が的を射ていることが多い。


「あの、その。後で旦那様に、その、お茶を淹れに伺ったらご迷惑でしょうか」


 まあ、とサンドラは大げさに喜んではいるのだが。


「私としては非常に嬉しいところではございますが、あのひねくれものの旦那様ですので、後で確認してまいります」


「あ、はい。ありがとうございます」


 とにかくレーニスは、もう少しデーセオという男と話をしてみたいと思っていた。


☆☆☆


 さて、そのひねくれものの旦那様ことデーセオは、その話をサンドラからティメルに伝わって、そのティメルから聞いていたところだった。


「何、レーニスが、俺にお茶を?」


「ええ。レーニス様もデーセオ様とお話をされたいそうなのですが、いかがいたしましょう?」


 ニコニコと目の前で笑っているティメルが恐ろしく感じる。ここで断ったら、さらに呪いの魔術をかけてきそうな勢いだ。


「見た通り、俺は忙しい。少しの時間なら構わないと伝えてくれ」


 はいはい、とあきれたような返事をするティメルに鋭い視線を向けると、またデーセオは書類に視線を落とした。このように書類を溜め込んだのも、自身が悪いという自覚はあるのだが。それでも今はこうなっていることに感謝をしていた。彼女と会わない口実。

 デーセオはレーニスを手に入れたものの、どうしたら良いかわからない、というのが正直な気持ちだった。ティメルに言われたまま、妻としてこの辺境に迎え入れてしまったが、彼女のような若い女性にこの呪われた醜い姿を晒すことにかなりの抵抗がある。先ほど、ほんの数分彼女と言葉を交わしたわけだが、その顔を晒さないようにフードを深くかぶって、それを目の下まで覆い、さらに鬱陶しい髪の毛でその顔を覆ってやった。

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