12.竜騎士の部下(2)
三日後。約束通りティメルが迎えにきた。見た目は豪華ではない馬車。いかにも、という馬車であると、金目のものを狙った盗賊たちに狙われてしまうから。
「レーニス様、お迎えにあがりました」
今日もティメルは穏やかで優しい笑顔を浮かべていた。レーニスにとって、このような笑顔を向けられたのは、聖女候補を解かれてから初めてかも知れない。
「レーニス。寂しくなるわ」
ロイスのそれがわざとらしく見えたけれど、レーニスはぎゅっとロイスを抱きしめた。
「伯父様、叔母様、お兄さま。聖女候補を解かれたにも関わらず、このように良くしていただいたこと、感謝しております」
うん、うん、と大げさにクエバは首を縦に振っている。
「たまには、遊びに来てちょうだいね」
今生の別れのような挨拶を終えると、レーニスはティメルにエスコートされてその馬車へと乗った。本来であればフォッセ家から侍女がついてくるものなのだが、この屋敷に十数日間しかいなかった彼女についてくるような侍女はいない。
レーニスの斜め向かいにティメルが座っている。他に一台の馬車には、彼女とティメルの護衛と称する騎士たちが乗っている。少数精鋭、と言えるような数だ。
「あの、オーサー様」
レーニスはこのなんとも言えない空気感に堪え切れず、口を開いた。するとティメルは目を見開いてレーニスを見た。
「レーニス様、私のことはどうかティメルとお呼びください」
「あの、ティメル様」
「様はいりません。あなたはデーセオ様の妻となる方なのですから」
「はい……」
とレーニスは返事をしたものの、このティメルという男はレーニスのことを『妻』と表現した。
「あの、ティメル……さん」
レーニスがもう一度声をかけると、ティメルは柔らかい笑みを浮かべた。
「あの。私は、その、フルヘルト卿にお買い上げいただいた、ということでよろしいのでしょうか?」
それを耳にしたティメルの目は点になった。かと思うと、目尻を下げて、大笑いをする。あまりにも笑いすぎて、その目尻から涙が溢れているのだろう。人差し指でそれをぬぐっていた。
「レーニス様は、ご自分の立場をよくわかっていらっしゃるのですね」
笑いながらそれを口にしているティメルに、レーニスは冷たい視線を向けた。
「ああ、そう、睨まないでください。そのような意味ではありません。まさかあなたが、そのことを知っているとは思わなかったので」
やっと落ち着いたティメルはその顔を引き締めた。
「まったく、酷い話ですよね。あなたが聖なる力を失った途端、禿エロ親父に売りつけるようなことをして」
ティメルが口にした禿エロ親父が、あのパエーズ卿のことを指しているのだろう、というのはなんとなくわかった。
「デーセオ様は、レーニス様を助けたいと思っております」
「助ける?」
レーニスが尋ねると、ティメルはゆっくりと頷く。
「私たちは知っています。レーニス様が他の聖女様たちが引き受けないような祈りや解呪も、自ら進んで引き受けていたことを。お金の無い民たちにも祈りを捧げていたことを」
デーセオの優秀な部下であるティメルは、彼女が今まで裏で行っていたそのことまでも調べ上げていた。
「レーニス様が祈りを捧げた民たちは、仕事に恵まれたり、子供に恵まれたりしているようです。今は、とても幸せでレーニス様に感謝している、と」
レーニスはその赤い目を大きく見開いた。ティメルが言った通り、彼女は神殿に訪れた人、分け隔てなく祈りを捧げていた。他の聖女や聖女候補たちは、お金にならない人間を見ると、それとなく断っていた。だが、わざわざ神殿に足を運んでくれた民たちを何もせずに帰すことに気が引けていたレーニスは、それとなくその民たちを呼び寄せて、簡単に祈りを捧げていた。簡単に、というのは、やはり時間的な制約の関係で。それでも民たちはレーニスに深く感謝をしていた。なけなしの金貨を渡そうとする者、食べ物を渡そうとする者、綺麗な布地を渡そうとする者。お金が無い民たちは、そうやって何かしらレーニスに感謝を伝えようとしていた。レーニスはそれの半分だけ受け取って、半分は民たちに返した。きちんとした祈りではないから、という理由で。
「あなたがお金でパエーズ卿に売られることを知って、急遽、我が主が割り込ませていただきました。レーニス様を養子にされることも考えましたが、そうなると別に嫁ぎ先を決める必要がある。ですから、妻に、と」
「養子? フルヘルト卿は、その、お年を召していらしているのでしょうか?」
確か、あのクエバは三十になったところ、と言っていたような気がするのだが。
「いいえ。ですが、そうですね。レーニス様よりは十以上離れております。それから、レーニス様もフルヘルト夫人となるわけですから、どうか我が主のことをお名前でお呼びください」
どうやら、クエバが言っていたことは正しかったようだ。レーニスよりも十以上年上。恐らく三十になったところ。
「そうでしたか。旦那様には感謝申し上げます」
レーニスは静かに呟いた。
もしかしたら、幸せになれるかもしれない、というそんな期待を寄せて。




